397 お勧めの理由
親方さんがドワーフの里に行く事を勧めてくれた理由はいくつかあった。
まず一つ目だけど、これはまあ、大方の人が予想しているだろう通り、グロウアームズに関係することだった。
「ここに来るまで相当の戦闘をこなしていたようじゃな、育て始めたばかりだというのに、そこそこに経験値が貯まってきておる。この調子でいけば、レベルアップができるようになるまでそう長くは掛からんだろう。ドワーフの里ならそのための人材も素材も問題なく見つかるはずじゃ」
仮にそこまで経験値が貯まっていなくとも、レベルアップした際の方向性は見えてきているだろうから、あらかじめ必要となる素材を仕入れることも可能であるのだとか。
そして二つ目がボクも含めて仲間たちの装備品関係。
「預かった時に店員も言ったようじゃが、同族の職人が手掛けているだけあって作りの方はしっかりしておる。だが、例えどれほどの腕を持とうとも材料の性能を越えることはできん。見ればお前さんたちはそろそろ一人前と言えるだけの腕になりつつあるようじゃ。その力や技量に今の装備では間に合わなくなりつつあるな」
「まあ、要するにそろそろ装備品の変え時ってことだな。長く大切に使うことも大切だけど、自分の力量に合わせた装備品も持つっていうのも、一流の冒険者としては重要なことだぜ」
確かにこの先戦闘が激化していくのは目に見えているから、パーティー全体の戦力を底上げしていく事も重要となるはずだ。
レベルや技能の熟練度を上げるだけでなく、本格的な装備の新調も必要になってくるだろうね。
そして三つ目。
「ドワーフの里は多くの職人たちがいるから、いつでも材料や素材は不足気味なんじゃ。シャンディラや他の町や村では買い叩かれているようなものでも、高値で買い取ってくれるだろうよ」
何を隠そう、親方さんはそういう材料不足で満足に槌を振るうことができない状態に嫌気がさして、ドワーフの里から飛び出してきたのだそうだ。
また、こうした品薄状況の裏には『三国戦争』以降、ドワーフの里がジオグランド中枢と距離を取っていることも影響しているのだけれど……、このことをボクたちが知るのはもうしばらく先のこととなる。
「まあ、あくまで参考までにという話じゃ。そもそも先を急ぐ必要があるなら、そんな寄り道をしている暇などないだろうからな。いずれにせよお前さんたちの旅じゃ。好きに決めると良いぞ」
「貴重なお話をありがとうございました。急ぐ旅ではありませんけれど、どうするかは皆で話し合って決めたいと思います。……でも、どうしてボクたちにこんな話を聞かせてくれたんですか?」
単純にゲームのヒント機能ということかもしれないが、それなら店員さんで事足りるはずだ。
わざわざ親方さんが出張って来た理由があるのではないか、とそんな風に漠然と感じたのだった。
「一言でいえば、面白い仕事を持ち込んでくれた礼、じゃな」
「面白い仕事?」
頭上にたくさんの???を浮かべるボクたちに、親方さんに代わり店員さんが説明を始めた。
「近頃の迷宮に潜る連中の主流は、数打ち品の武器を多く持ち込んで、使えなくなった物はどんどん捨てていくというやり方なのさ。迷宮の中は狭いところが多い上に、次々に魔物が現れて連戦を余儀なくされることも多い。だから性能が良い物でもすぐにダメになってしまうことも多いって訳だ」
「ふん!そんなものは自分の得物を碌に整備もできない小童どもの戯言じゃ!」
そんな現状にかなり腹を立てているらしく、バッサリ切って捨てる親方さん。
そして心情的にはそちら側なのだろう、そんな態度に店員さんは苦笑いをしていた。
「戯言ついでにこんな噂話もあってな。迷宮に置かれてある宝箱の中身は、捨てていった武器などを材料に迷宮が作り出した物、なんて話しもある。だから、迷宮内に大量に使えなくなった武器を捨てておけば、その分だけたくさんの宝箱が発見できると言われているんだよ」
さっきの方はともかく、こちらはひたすら胡散臭いんですけど……。
しかも、捨てた武器の数と発見された宝箱との関連を示す具体的な数字などは分からないままなのだとか。
プレイヤー同士の、例えば掲示板やメイションでの話題でも、そんな話は一切聞いたことがないし、嘘っこ情報確定待ったなしなのではないだろうか。
「ともあれ、そういう状況が続いているから、性能が大して高くない数打ち品の武器ばかりが売れているって訳だな」
そしてそうした安価でそこそこな品質の武器を作らされているのが、親方さんを始めとしたシャンディラ在住の鍛冶師たち、ということらしい。
均一な性能の物を大量生産することも、技術を高める上では重要だし有効なことではある。が、やっぱり作り手だって人ということだ。
時には自分の持つ技量の全てを込めた作品作りに没頭したいと思うことだってあれば、これまでの概念を覆すような新たなやり方を模索してみたいと思うことだってあるのだろうね。
結果、相当ストレスもたまっていたみたいだ。
具体的には、ボクたちの武具の整備ですら面白いと思えるくらいには。
「この調子だと、後数年もすればシャンディラの冒険者たちの間では、グロウアームズなんて伝説の武器扱いされるようになるだろうな」
「ふん!それどころか、わしら鍛冶師など必要なくなってしまうかもしれん」
「……それで済めばいいですけどね」
ふたりの愚痴めいた言葉に、ついつい口を挟んでしまう。
「む?お前さん、それはどういうことじゃ?」
「その前に、ボクが聞いた話だと迷宮って時々とても強いボスのような魔物が出てくるという話だったんですけど本当ですか?」
「うむ。シャンディラの迷宮ではおよそ十階層ごとにボスがいて、そいつを倒せないと先へは進めないようになっているそうじゃ」
「他にも時折、フロアマスターと呼ばれるやたらと強い魔物が出現することもあるそうだ」
ふむふむ。ここまでは事前に掲示板などでチェックした内容と同じだね。
しかしそうなると、先ほど浮かんできた危惧が現実のものになりそうな気がする。
「そんな強力な魔物に、大した性能もない数打ち品の武器で勝つことなんてできるんでしょうか?」
一部の高レベル冒険者ならともかく、そのフロアに通常出現する魔物と互角に戦っているような人たちでは、まず勝ち目などないように思える。
ボクの言いたいことが理解できたのか、渋い顔になる親方さんたちなのだった。




