395 残暑が厳しいのです
「お嬢さんたち、災難だったね」
「この店は酒も出すから、時々ああいう騒ぎが起きるんだよ」
「その騒ぎを起こす筆頭連中が何を偉そうなことを言っているんだか」
近くにいた常連らしい人の台詞に、店員なのだろう美人でないすばでーながらも百戦錬磨という言葉が似合いそうな勝ち気な態度のお姉さんが即座に突っ込みを入れていた。
「いやあ、それにしても近年まれにみるほど見事な撃退劇だったな」
「何も言い返させない完封勝利は、そうそうお目にかかることはないからね」
「暴れ出すことすらさせなかったもんなあ」
「あれだけコテンパンにやられたら、暴れる気力だって失せちまうだろうさ」
しかし、そこは常連さんの強みなのか、懲りた様子もなく話を続けていた。
そんな彼らに処置なしと肩をすくめてみせてから、お姉さんは改めてボクたちの方へと向き直った。
「助けに入ることができなくて悪かったわね。お詫びに今日は好きなだけ食べていっておくれよ」
「あら?よろしいんですの?」
「ぶっちゃけ、女性客が来なくなると男どもの手癖が悪くなる傾向があってね。そうなると店の品も格も下がっちまうのさ。そういうこっちの事情もあるから、気にせずじゃんじゃんと食べていっておくれよ」
「そういうことでしたら、お言葉に甘えさせていただきます」
朗らかに笑いながら感謝を告げるミルファとネイトに対して、ボクは曖昧な表情のまま小さく頭を下げるだけとなっていた。
実はボクたちとおじさんたち双方に怪我一つないことに加え、お店にも一切の被害が出ていなかったことから、ランダムイベントの報酬としてご飯代がタダになるとあらかじめ表示されていたからだ。
ありがたいとは思うのだけれど、ゲームのシステムに従った結果のようで、素直に喜ぶことができなかったのだった。
ちなみに、報酬がしょぼいようだけど、そもそもイベント自体がしょぼいのだから仕方がないというものなのかもしれない。
というか、わざわざランダムイベントに指定するほどのものなのかしらん?
クンビーラに居た頃にハイパー何とかの人たちに絡まれた時の方が、よほどイベントっぽい展開になっていた気がするよ。
後でアウラロウラさんに聞いてみたところ、「そういう出来事の幅の広さもランダムイベントの醍醐味です」ということであるらしい。
要するに運営の遊び心の表れということだ。
巻き込まれる方としてはたまったものじゃないですがね……。
その後は気分を切り替えて、近くの席に座っていた常連さんたちや店員のお姉さんも交えて、楽しくおしゃべりしたり飲み食いしたりして過ごすことができた。
ただ、ジオグランドの新しい情報は手に入らなかったが。
エリアが違うから、あまり出回って来ないのかもしれない?
そういうこともあって、面倒な酔っ払いを大量生産してしまうより先に、この場はお開きとさせてもらうことになったのだった。
そしてリアル共々開けて翌日。
今日は土曜日。ひゃっほい!一日中ゲームができるよ!と喜んでいたのも束の間、雪っちゃんを始めとしたクラスメイトたち数人と図書館で勉強会をする予定であったことを思い出す。
ボクと雪っちゃんは高得点を取ることができた夏休み明けのテストだけれど、クラスメイトの何人かはよろしくない得点に甘んじる結果となってしまっていたのだ。
で、そんな子たちに泣きつかれてしまいまして、里っちゃんを特別講師にお迎えしての勉強会をすることになったのだった。
「別の中学出身の子もいるし、里っちゃんに渡りをつけたボクが出席しないなんていう無責任なことはできないよね……」
実際問題として、雪っちゃんがいるから問題自体は起こらないとは思う。
が、それとボクがいなくても良い理由がイコールということではないのだ。
それに何より、ボク自身が里っちゃんと会いたいというのもある。
「暑そうだけど、頑張って出かけるとしますか」
色々と内心で愚痴っていた一番の原因がこれだったりするのよね。
九月に入り暦の上では秋となってはいるが、太陽サンは相変わらずな調子で燃え盛っているのでした。
結局図書館に集合してから一時間くらいは、真夏並みの暑さにやられた体力を回復させるための時間として消費されることになったのでしたとさ。
そして、夜。
「あー、こっちは快適でいいねえ……」
『OAW』へとログインして最初の一言がこうなってしまったのも、仕方のないことだったと思う。
「お寝坊さんが目を覚ましたかと思えば、また意味不明なことを言い出しましたわね」
ミルファが呆れたように言うのも当然で、現在ゲーム内時間では午前十時を半分以上も過ぎようとしていた。
修理のために昨日預けた装備品を取りに行くのが本日のメインイベントであり、その指定された時間が昨日と同じ時間帯の昼過ぎだった。
そのため、あえて少し時間を進ませていたのだけれど、ゲーム内のミルファやネイトたちからすればお寝坊さんということになってしまうようだ。
「ごめんごめん。もしかするとシャンディラに着くまでの疲れが出ちゃったのかもね」
もっともらしい理由を口にしながらベッドから這い出たところで、フリーズしてしまう羽目になる。
「大丈夫ですか?調子が悪いのであれば、今日は一日休息にしていても問題ありませんよ?」
ネイトの心温まる優しい言葉に、ではない。
いや、ネイトが原因ではあるのだけれど、その台詞ではなく姿こそが真の原因だった。
なんとチーミルを抱えている上、リーネイを頭の上に乗せていたのだ!
何ですか、このラブリーワールド!?
ここが天国か!
「今ボクはとてもとてもネイトが羨ましかったりするのですが!」
「……いつも通りの平常運転のようですね。さあ、起きたのならば出かけましょうか。リュカリュカが起きてくるのを待っていたので、全員朝ご飯を食べていないのです」
そう言ってミルファと一緒にスタスタと部屋の入口の方へと向かっていってしまう。
ご飯というパワーワードに引き寄せられるように、エッ君並びにリーヴもその後に続いていた。
「ちょっ!?待って待って!せめてチーミルとリーネイは『ファーム』に戻ってもらわないと、大騒ぎになっちゃうから!?」
迷宮があるということで、少し変わった魔物をテイムしている人たちはいたが、人形を連れ歩いている人は見かけていない。
目立つだけならともかく、昨夜の酔っぱらいのような困った人たちを惹き付けたくはないです。
と、この日もまたそんな風に騒々しく幕を開けたのだった。




