394 ある意味定番
カフェを出た後は回復薬などの消耗品類の補充をして回ったり、夕方になって再び冒険者協会へ行っては迷宮から戻ってきた冒険者たちから迷宮のお話を聞いたりしつつ、さりげなくジオグランドの情報を集めていたのだけれど、武器屋の店員さんから聞いた以上の話はなかったのだった。
その代わりと言っては何だけれど、晩御飯を食べている時に酔っぱらった商人さんたちに絡まれるというイベントが発生することに。
「よう、姉ちゃんたち。随分と変わったやつを連れ歩いているじゃないか?」
酒が入って気が大きくなっているのか、馴れ馴れしい口調で声をかけてくるおじさんその一。
実際は二十歳そこそこくらいの年齢なのだろうが、酔って絡んでくるようなやからには、おじさん呼びで十分なのだ。
「おいおい。見ず知らずのお嬢さん方に迷惑をかけるんじゃねえよ」
と、止めるように見せかけておいて、実は彼を口実に近付いてこようとしているおじさんその二。
「悪いね。こいつ酔っぱらっていてさ」
さらに見れば分かることをわざわざ説明するばかりで、こちらは止めるそぶりも見せないおじさんその三。
やれやれ。類は友を呼ぶの典型なのか、お仲間の方も似たようなものみたいね。
「はあ……。いい匂いに釣られて、しっかり吟味しなかったのが敗因かな」
食事中心ではあるが、注文があれば酒類も提供するというスタイルの店だったようで、店内は陽気な声が満ちていた。
つまりは騒がしく、給仕役の人を始め店員さんたちは酔っ払いたちの行動に気が付いていないようだ。
「ですが、こういう場所の方が情報を集めやすいのではなくて?」
「お酒を飲むことで警戒心が緩くなって、話を聞きだしやすくなることは事実ですが……。ここまでいってしまうと論外ですね」
他人事のように論評し合っているけれど、ミルファもネイトも絡まれているのは同じだからね。
まあ、今回一番に目を付けられたのはボクたち美少女三人組ではなく、エッ君とリーヴだったようだけれど。
面倒だけど、ここはマスターとしてボクが出張らなくちゃいけないところかな。
「何か御用ですか?」
面倒ではあるけれど――大事なことなので二回言いました――、最初から喧嘩腰という訳にもいかない。
十中八九、単に興味を持っただけということだろうからね。とりあえずコテンと小首を傾げてあざと可愛さを前面に出して様子見です。
「おやおや、俺としたことが何たる失態!お嬢さん方も綺麗どころばかりじゃないか!」
そう言いながら押しのけるようにして前に出てきたのはおじさんその二だ。
そのこと自体はどうでもいいのだが、その台詞はいただけない。おじさんその一をダシに最初に声を掛けてきた時点で、彼はボクたちのことを舐めるように見回していたのだから。
白々しいにもほどがあるってものです。
「あらら。ここまで近付かなければボクたちの美醜を見分けることができないだなんて、商売に支障が出てしまうんじゃないですか?早めに眼鏡を買うなり対策を取ることをお勧めしますよ」
立て板に水とばかりに次々と言い返してやれば、おじさんその二はひくりと頬を引きつらせて固まってしまった。
「まあ、でも、そういうことなら先ほどのあなたからの不躾な視線については勘弁してあげても構いませんけれど」
そして止めのフィニッシュブローを炸裂させる。
バレていないとでも思っていたのだろうけれど甘い甘い。女は視線に敏感な生き物なのですよ。
「用件はそれだけですか?それならお引き取り下さい。食事は落ち着いて取りたい性質なので」
一人を撃沈した勢いに乗って、会話の終了を提案する。
が、しかし。
「申し訳ないね。今のはこいつが先走っただけだからさ。できればもう少し話をしたいんだけど、ダメかい?」
おじさんその三が割って入ってきたのだった。
引き上げるのなら今までの事は不問にしてあげる、と暗に言ったつもりだったのだが、まったく通じていなかったようだ。
「リュカリュカ。彼らに気を遣ったつもりなのかもしれませんが、酔っ払いに道理は通用しませんから」
「ネイトの言葉が真理過ぎる……」
結局のところ、無駄な気遣いであったらしい。その証拠におじさんその三は、笑顔のままボクたちを見ていた。
本人的には甘い表情と声で篭絡しているつもりなのだろう。
が、やっぱりこちらも甘々です。
こちとら美形ぞろいで名高いエルフであるデュランさんと何度も顔を突き合わせる機会があったのだ。一般人レベルの美形など物の数ではないのですよ。
「こちらは耳の方が不自由しているようですわね。落ち着いて食事が取りたいと言ったのに、聞き取れていなかったようですわよ」
しれっと、ミルファが強烈なカウンターを繰り出す。
あ、笑顔が硬直した。お仲間だけあって反応が似通っているね。
そしてそんな無防備な体勢となっては大技を掛けてくれと宣言しているようなものだ。
「ああ、一つだけ感謝を述べておきますわ。わたくし、これでも婚約者のいる身ですの。あなたたちのお陰でその婚約者の男性がいかに素晴らしいかを改めて知ることができましたわ」
ドッカーン!
おじさんその三は痛恨の一撃を受けた!
うわあ……、ショックで真っ青な顔になってしまっておりますですよ。
「は?あれ?」
たちまちの内に連れの二人が返り討ちにされてしまった訳だが、元凶となったおじさんその一はかなりの深酒だったのか理解できていない様子だった。
「いけませんね。酒は百薬の長とはいえ、正体をなくすほどにまで飲んでいては体に害が出てしまいますよ」
それを見たネイトは一つため息を吐くと、
「【キュア】」
いきなり状態異常回復の魔法を発動させたのだった。
酔っぱらっているのが状態異常となるのかどうかは結構曖昧でして。プレイヤー、NPC共にその時々によって結果が異なっているのだそうだ。
「……え?な、なんだこれは?」
が、今回はしっかりと効果があったようだね。
いきなり素面に戻されたことで冷静に自分の行動をかえりみてしまったためか、完全に血の気が失せてしまっているわ。
まあ、現在進行形の黒歴史を超巨大スクリーンで見せつけられたようなものだろうから納得の反応だ。
つまり、ネイトさんえぐいです。
自業自得だから同情はしてあげないけれど。
「記憶があるならさっきボクが言ったことの意味も分かるでしょ。放心しているそこの二人を連れて、さっさとどこかに行ってください」
今度はしっかりと見逃してやるという裏の意味に気が付いたらしく、盛大にブンブンと首を縦に振ると、そそくさと逃げるようにしていなくなってしまいましたとさ。
そんな彼らの後姿を見送ると同時に流れてくるインフォーメーションが。
《ランダムイベント『酔っ払いに絡まれた!?』が完了しました。結果を精査しています。しばらくお待ちください》
またランダムイベントか!?




