392 紹介者って重要なのよ
必要な装備品を買えてそれなりに満足な心とは裏腹に、ボクたちの懐具合はすっかり寂しくなってしまっていた。
餞別というかお小遣いと言いますか、クンビーラを出発する時に宰相さんが持たせてくれたお金が全てかっ飛んでしまったよ。
まあ、あれだけ一気に買えばさもありなんという話ではあるのだけれど。
もっとも、これまで使用していたものはそのままなので、全く不満や不安がない訳ではない。
できることならフルセット最新の装備へと変更したかった、とのいうのが本音だったりします。
とはいえ、いくらエリアが違ってもしかして敵地であったとしても、いや、敵地だからこそお金で何とかできる問題というのもあるだろうと思う。
よって有り金全てを使い切ることなんてことは、到底できない相談なのだった。
「うし。確かに丁度代金頂いたよ。しかし、俺もここでこの商売を始めて長いが、この街に来て早々にこれだけの買い物をする冒険者なんて初めてだぜ」
そう言ってニカッと笑う店員さん。
まあ、そのお金を稼ぐために迷宮に突撃する訳だしねえ。
しかしその屈託のない表情から察するに、ボクたちが購入した装備品程度であれば、それほど時間をかけることなく揃えることができるのかもしれない。
ちなみに商品選びの際の雑談で、ボクたちが昼前にこの街に着いたばかりであることや、冒険者協会のお姉さんから紹介されてこの店に来たことなどは話しておいた。
新顔なのはともかく、紹介者がいると伝えておくことには、お店側とボクたちの両方にメリットがある事なので。
お店としては新規のお客さんは欲しいけれど、身元が全く不明だと心配になる。
しかし紹介者がいるならば、もしも何かあった時にはその人へ相談することができるのだ。
一方、ボクたちもお店のことを知っている紹介者がいると伝えたことで、暗に「ぼったくりとかしたら言いつけるから」と釘を刺すことができているという訳だ。
さらに余談なのだけど、ボクたち以外にお客がいなかったのは、この時間帯はほとんどの冒険者が迷宮へと突入しているからであるそうな。
「ところで、お兄さん。ボクたちはこれから土卿王国に行ってみようと思っているんだけど」
「お?仕官でもしようってのか?」
わーお、まさかいきなり仕官なんて言葉が飛び出してくるとは。
これはミザリーさんたちから聞いていた通り、ボクのワールドでも軍隊の拡充を行っていると考えても良さそうかも。
クンビーラでもそうした話を聞くことはできていたし、より土卿王国に近いシャンディラでも同様であるならば、その裏付けが取れたということになる。
「いやいや。そんなのじゃなくて、単に行ってみようかなってだけの話。まあ、カッコよく言うなら見聞を広げる旅ってところかな」
転移装置があるかもしれない遺跡が特定できるまでは、当てどもなくフラフラすることになるだろうから、嘘は言っていないです。
「ははははは。確かにそう言えば聞こえは良いな。若い内でなけりゃできないことってのもたくさんあるからな。後悔だけはしないようにしっかり頑張んな」
「ありがと。それで何か変わった情報がないか調べている訳なんだけど……。ジオグランドみたいな大きな国で簡単に余所者が仕官なんてできるものなの?」
都市国家が乱立している『風卿エリア』とは異なり、ジオグランドは国土も広ければ人口も多くて、それに比例するように国力も高い。
わざわざ別の国の出身者を取り立ててやる必要などないのではないだろうか?
「あの国は伝統的にドワーフの権力が強いからな。やっこさんらは総じて物作りには優秀で立派な職人なんだが、その反面仕事以外のところはどうでもいいと考える節があってな……。そこで自分たちの代わりに、傭兵連中を重用してきた歴史があるんだよ」
な、なるほど。
一応、国防とか最低限必要な軍は自国の人たちで構成しているそうだ。が、それでもやはり思い切った方法を選んだものだと思う。
うがった見方をするならば、後腐れなく兵を消耗品として扱うことができる、という理由もあるかもしれないけれど、そこまでひどい扱いであるならば、いくら傭兵団だってきっと逃げ出してしまうはずだ。
「あれ?でも重用してきたのは傭兵団であって冒険者じゃないよね?」
「なんでも最近は腕の立つやつを片っ端から集めているって話も聞くな」
もしかして、今まさにその状況になりつつあるということかな?
だとすれば、一体どこの何と戦っているというのだろうか?
「まさか、無理矢理戦わされているなんてことは……」
「いくら何でもそれはないだろう。もしもそんなことになっていたら『冒険者協会』が黙っちゃいないだろうからな」
心配を吹き飛ばすように呵々と笑う店員さんだったが、その懸念はボクの心の中でくすぶり続けることになるのだった。
「話は変わりますけど、ここって装備品の修理もしてもらえるんですかね?」
「耐久値の回復のことだな?もちろん請け負っているぜ。ただ、申し訳ないがうちで買ってもらった商品でないものはほんの少しだけ値を上げさせてもらっているがな」
その辺は仕方がない、というかどこの店でもやっていることだ。
詳しく聞いてみると値上げの幅もほんの数パーセント程度だったので、そのまま装備品を預けることにした。
「ほほう……。素材が素材だから物自体は大したことはないが、作りの方は申し分ない。こいつらの制作者の腕は一流のようだな」
さすがは協会のお姉さんが推薦してくれたお店というべきか、ボクたちの装備品を一目見ただけでゴードンさんたちの力量を見抜いてみせたのだった。
その上、
「うおいっ!?この二本はグロウアームズじゃねえか!?こう言っちゃあなんだが、よくもあんたみたいなお嬢ちゃんが作ってもらえたもんだな……」
龍爪剣斧と牙龍槌杖のこともしっかりと言い当ててきた。
「あはは。ちょっと簡単には説明できないくらい色々ありまして……。まあ、ボクの身の丈にそぐわない極上の物だってことはよく理解していますよ」
「かーっ!まさかこんな隠し玉が出てくるとは思わなかったぜ。よし!良い物見せてもらった礼だ。さっきの値上げの話はなかったことにしとくぜ」
「え?いいんですか?」
「おうよ!それと、懇意にしている職人連中に見せたら間違いなく言の一番に手を付けるはずだ。多分明日には仕上がってくると思うから、またこのくらいの時間に顔を出してくれ」
そんなつもりはなかったのだけど、あちこちの人たちのやる気に火をつけることになってしまった、みたいです。




