390 誰の持ち物を売るんだい?
シャンディラの冒険者協会に持ち込んだ素材の内、それなり以上の高値で売ることができたのはおよそ半分ほどだった。
これは別にボクたちが余所者だから意地悪をされているとかそういうことではなく。
「迷宮の浅い階層に出現する魔物で、初心者冒険者たちがいくらでも持ち込んでくるから供給過多になっている、と……」
「はい。それと申し上げ難いのですが、さらに少し先の階層に上位互換の素材が取れる魔物が存在しておりまして……。ですからどうしても買い取り価格が低くなってしまうのです」
応対してくれた職人のお姉さんが申し訳なさそうに、ついでに困ったように追加で事情を説明してくれた。
大量に出回っているだけでも価格が下落してしまうだろうに、その上もっと良い物まで安定供給されているとなれば、値崩れするのも当然という話なのでした。
ついでに彼女が困った顔をしていたことについても解説しておこうか。
こちらも特に難しい理由がある訳でもなく、迷宮内の魔物ばかりが倒されている代わりに、街の外の魔物が放置され増殖してしまうかもしれないからだ。
大量に素材が流通しているということはそれを目的とした討伐が行われないということにもなる。
素材を取っても二束三文にしかならないということは、その分だけ魔物を倒す旨みが少ないということになるためだね。
冒険者だって慈善事業をやっているのではないから、より儲けが大きい魔物を優先して倒そうとするのは仕方がないことだろう。
しかし、だからといって街の外の魔物が増え続けていくのを放置しておくことはできない。
特に、「魔物を倒して人々の安全を守ること」が重要な存在意義の一つとなっている冒険者協会にとっては、到底見過ごすことができる問題ではないのだ。
それではどうするのか?
冒険者協会が依頼主となって増加している魔物の討伐依頼を出すことになる。
ただし、受ける冒険者に利が出るよう相場よりも高い金額にしなくてはいけない。つまりは赤字となってしまう訳で、その分の損失は冒険者協会が請け負わなくてはいけなくなってしまうのだった。
過去にある街の冒険者協会の支部が強権的にこうした依頼を安値で冒険者たちに受けさせたところ、あっという間にその街から冒険者たちがいなくなってしまい、あわや街の存続すら危なくなってしまうということが起きてしまったのだそうだ。
以降、無理に依頼を強制させることはご法度ということになっているのだった。
「どうしようか?安くてもいいから売り払っちゃう?」
「それで良いのではなくて。このまま持ち続けていてもアイテムボックスの肥やしになってしまいそうですわよ」
「ちょっと待った!先に必要になる金額を確かめてからでも遅くはないと思います」
面倒なことはこの場で済ませてしまおうという魂胆だったボクとミルファに、ネイトがストップをかける。
しかし、その言い分は確かに納得ができるものではあるね。アイテムボックスにさえ入れたままにしておけば邪魔になることもないし、肝心の容量の方も高値で売れた分の空きができているから、すぐに一杯になってしまうような事もなさそうだ。
ミルファだけでなくエッ君やリーヴも頷いているので反論はなさそうだし、まずは装備品を取り扱っているお店へと足を運んでみることにしましょうか。
最後におすすめのお店の場所を聞くと、相手をしてくれていたお姉さんにお礼を告げて冒険者協会の建物から外へ出る。
「と言っても、ここも建物の中なんだったっけ」
クンビーラや他の町などと同じく、シャンディラでも協会の建物は広場に面するように建てられていた。これにはゲームとして主要な建物の位置が分かりやすいように、という運営の配慮もあるのだろう。
まあ、今はそのことはどうでもいいとして。
『風卿エリア』でも有数の大都市であり、さらには迷宮を擁するためなのか、目の前の広場には多くの人が行き交っており、またたくさんの露店や出店が並び活気に満ちていた。
「だけと、天井が低いというだけでこれだけの閉塞感や圧迫感を覚えてしまうものなんだね。ちょっと驚きだったわ」
巨大建造物の一階部分という仕切りがあるせいか、それとも仮に門が破られて大軍に攻め入られたとしても対処がしやすいようにという設計のせいなのか、天井までの高さは四メートルほどしかなかったのだ。
「圧迫感に関しては、人が多いからこそという面もあるのかもしれませんよ」
「狭い空間にこれだけの人がいるのですから、そう感じても不思議ではありませんわね」
チラチラと露天の売り物や、買い物をしている人たちの様子を伺いながら、お姉さんから教えてもらったお店のある方へと進んで行く。
人通りが多いということで、一応用心のために要所要所で〔警戒〕技能を発動させております。
まあ、今回はあくまで用心のためという向きが強いのだけれどね。
クンビーラを拠点にしてほとんど出歩くことがなかった頃とは違って、これまでの数日間はそれこそ寝るとき以外はほぼ町や村の外にいたと言っても過言ではない。
もしも襲い掛かってくるならば、こんな街の中よりもよほどやり易かったはずだ。にもかかわらず、それらしい襲撃は行われなかった。
「でも、怪しい人がいても追いかけていっちゃダメだからね。特にミルファ」
「わ、分かっていますわよ!」
自分でも『毒蝮』の策に乗って裏路地へと突っ込んでいってしまったことは失敗だったと思っているのだろう。恥ずかしそうに、そして少々不貞腐れたように言い消してくるミルファだった。
時間が経ってもしっかりと反省はしているままのようだし、これ以上いじめるのは可哀想だから、この話はここでお終いにしまして。
「実はさっきから一点気になっていることがあるんだけど」
真剣な声音で言うと、ミルファとネイトの背筋がしゃんと伸びたような気がした。
「さっきから一件も食べ物の屋台を見ていないよね?」
と続けた瞬間、「そんなことか」と言わんばかりにガクンと肩を落としてしまう二人。
これこれ、なにゆえそんな呆れかえったかのような目付きで見られなくてはいけないのか。
「美味しいものを食べ歩くのは、新しい街に来たらやらなければいけない重要項目の一つなんだよ」
そう力説したのだが、この熱い想いは二人には伝わることはなかったのだった。
無念なり。




