388 旅立ち、そしてシャンディラ到着
長かったようで短かった夏休みもついに終わりを迎えてしまった。
そして休み明けに行われたテストだけれど……。
復習及び出されていた課題からの設問が中心とはいえ、そこはいわゆる特進クラスだ。頭の体操なのかと突っ込みたくなるような引っ掛け問題や、なかなかにえげつない設問などもあり、休み時間ごとに悲喜こもごもな叫び声が聞こえることになっていたのだった。
そんな中、まさかの二回に渡るお勉強合宿によってボクと雪っちゃんは難なくクリアすることができていた。
「まさか優の迂闊な行動に感謝する日がくるとは思わなかったわね……」
「いや、そこは素直に里っちゃんの上手な教え方を誉めるのでいいんじゃないかな」
「でもその二度目がないと、あの子に教わることもなかっただろうから」
これが悪戯めいた口調と表情であったならば、当方としてもそれなりの反撃を行うことはやぶさかではなかったのですがね。
雪っちゃんは至って真面目にそう考えていたらしく、どこからどう見ても本気のようだったため、こちらとして何と言っていいのか分からないままとなってしまったのだった。
と、こんなリアルでの生活を送る一方で、『OAW』では着々と次の目的地へと歩みを進めていた。
行き先となったのは『土卿王国ジオグランド』、その首都であるグランディオだ。
仲間たちと手分けしてクンビーラの各所で聞いて回った情報に加えて、ボクが『異次元都市メイション』で集めてきたプレイヤーたちの話を突き合わせてみたところ、どうやらきな臭い動きがあることに間違いないという結論に達したためだ。
そうして――主にネイトが中心となり――急いで準備を整えると、クンビーラを出発することになったのだった。
今回の旅の最終目的地は言わずと知れたグランディオなのだけど、その行程はいくつかに分割することができた。
まずクンビーラを発ったボクたちが向かうことになるのは『風卿エリア』西部の中核都市である『迷宮都市シャンディラ』だ。
ここで再度必要になるだろう情報と物資を集めてから、『土卿エリア』との境目となる国境のある町へと向かうことになる。
位置関係でいえばシャンディラの方が少し南方にあるため、大回りをすることになってしまうのだけれど、VRゲームの場合だと一昔から二昔前のテレビゲームのように草原や荒野といった道なき道を進むのは非常に困難で、時には無謀と言われてしまうほど危険に満ち溢れていたりする。
多少大回りになってしまおうとも、街道沿いに進んで行く方が結果的に早く目的地へと到着できるのだった。
そして『土卿エリア』、つまりはジオグランドへと入ってからは、例の浮遊島への転移装置が眠っているかもしれない遺跡の在り処を探しつつ、首都グランディオへと一路西へと向かって行くということになる。
「ふいぃ……。やっと着いた……」
街道の先にやたらと背の高い壁のようなものが見え始めてから丸一日かけて、ようやくボクたちは最初の行程の終着地点となる『迷宮都市シャンディラ』へと辿り着くことができていた。
「これが……、迷宮都市ですのね」
目の前にそびえ立つ壁を見上げながら感極まったように呟いているのはミルファだ。その隣ではエッ君とリーヴも一緒になって壁を見上げていた。
その高さはおよそ五十メートルで、幅も数百メートルはありそうだ。
今ボクたちのいる場所からは一面しか見えていないが、何とこの壁は迷宮を四角く取り囲むようにして作られているらしい。
昨日から見えていた巨大な建造物こそ、シャンディラを取り囲む壁であったという訳だ。
「シャンディラは迷宮都市という二つ名の通り、迷宮と共に発展してきた街ということになるのですが、同時に堅牢な城塞都市でもあります」
そう言って始まったネイトの説明によると、元々ここには迷宮があるだけで、この迷宮を取り囲む壁も、時折溢れ出してくる魔物たちをここに止めては仕留めるために作られた物だったらしい。
やがて名声と栄誉を求める冒険者たちや、その利益に預かろうとした商人たちが集まってきては、徐々に町として発展する兆しを見せるようになっていた。
そこに目をつけたのがこの地を所有する貴族たちで、大胆にも領都をこの場所へと遷都することにしたのだそうだ。
「あれを見てください」
と、ネイトが指さしたのは壁の中腹近辺だった。
「ん?んん!んんん!?あ、あれって、もしかして窓なの!?」
「その通りです。一見すると壁のようですが、実はかなりの奥行きがありまして、シャンディラの街全てがこの壁の中に納まっているのです」
よくよく見てみると中腹から上には等間隔でいくつもの窓があるのが分かる。
時々奥にチラチラと見えるのは洗濯物か何かなのかもしれない。
「はあ……。街を丸ごと建物の中に取り込んでしまうだなんて、思い切ったことを考えたものだね」
「わたくしも話だけは聞いておりましたが、全く想像がついていませんでしたわ。こういうことになっていた訳ですのね」
百聞は一見にしかずということなのだろう。絵か何かでもあるならともかく、話しだけでこの様をイメージするというのはなかなかに難しいことだと思うよ。
堅牢な城塞都市ね。
ネイトの言った言葉の意味がよく理解できたよ。
いざ外部との戦いともなれば、あの窓などはそのまま矢を放つための場所へと変わるのだろう。単純な力押しでここを攻め落とすことは至難の業ということになりそうだ。
しかも内側に資材の宝庫である迷宮を抱えているため、周囲を取り囲んで籠城戦へと持ち込んでも効果が薄いときている。
これほどまでに難攻不落という四文字熟語が相応しい場所も早々はないだろうね。
まあ、こういう所ほどたった一人の裏切り者がいたせいで、あっさりと滅んでしまうというのが物語では定番の一つだったりもするのだけれど。
「いつまでもこうしていても仕方がありませんし、そろそろ街の中に入りませんか?」
「そうだね。まだまだ旅は続くのだし、のんびりはしていられないかな」
さらなる情報を集めるための重要な地点ではあっても最終目的地ではないのだ。
ボクたちは気持ちを引き締め直してから、街の入り口へと向かったのだった。
追伸。迷宮都市だけあってたくさんの冒険者や商人たちが詰めかけており、街の中に入るだけでも一時間以上かかりましたとさ。とほほ。




