387 事件をよそに(雑談回)
プレイヤーたちの交流と取引を目的として作られた『異次元都市メイション』。
不特定多数の者たちが出入りすることになるため、暴力行為等が行われないように『OAW』でも最高難度のプロテクトが掛けられている、はずだった。
そんな高セキュリティーをものともせず、システムへと侵入、改竄を行った者たちによって『テイマーちゃん殺害、いやいや死んでないからね!傷害事件』が発生する。
安全だと思われていたはずの場所で起きた事件に、プレイヤーたちがウケた衝撃は大きく、一時は大変な騒ぎとなった。
だが、すぐに犯人が捕らえられていること、さらにこうした事態を見越して『テイマーちゃん』には『帰還の首輪』なるアイテムが渡されていたことが運営から公表されたことによって、騒ぎそのものは下火となっていく事になるのだった。
事件発生から数日後、メイション東の大通り、『食道楽』にある食堂兼酒場の『休肝日』には、大勢のプレイヤーたちが集まっていた。
彼らが話題にしているのはもちろん事件のこと、もあるのだが、それ以上に事件直前に情報提供が行われたグロウアームズについてだ。
オーナーであるフローレンスは客たちの話し声にしっかりと聞き耳を立てながら、店内を忙しく動き回っていた。
「ほお……。スミスのやつが鍛冶師仲間と何かやっているっていうのは知っていたが、まさか『テイマーちゃん』の武器を作っていたとはなあ」
「しかもできたのがグロウアームズとか凄くない!?」
「いいよなあ。俺にも作ってくれないかな」
「あんたはそれ以前に、武器が壊れるよりも前に修理に出すことを覚えなさいよ」
「耐久値っていう分かりやすい目安があるのに壊れるまで使っちゃうって何?バカなの?」
「うるせえ。熱くなると戦闘に夢中になっちまうんだから仕方ないだろ!」
「こらこら喧嘩するなよ」
「その気持ちは分からなくはないな。だけど、壊してしまうのが分かり切っているやつにグロウアームズを作ってやろうと思える人はいないと思うぜ」
「うぐ!?」
「使い潰すのが前提だもんな。育てることで本領を発揮するようになるグロウアームズとは正反対だわな」
「むしろそんなひどい扱い方をしているのに、未だに武器を売ってくれる人がいるっていうのが驚きよ」
「ああ、それはあれだよ。試作とかで作った微妙な性能の物を売ってくれてるんだ」
「え!?そうだったのか!?」
「気付いてなかったんかい!?そういう訳あり品だから値引までしてくれていたっていうのによ……」
「うちらが言うのもなんだけど、そんな有様でよく本編の方を生きていられたわね」
「うっせえな。これでも闘技場だと『期待の新人』だって言われてるんだからな」
「え?なにそれマジで?」
「疑うんなら証拠を見せてやるよ!」
「お?前に言っていた動画だな。俺たちにも見せてくれよ」
「いいぞ」
「うっわ、何このマッチョ!?上半身裸とか、もしかして変質者?」
「いや、下半身は馬になっているから、ある意味全身裸……?」
「変質者!」
「しかも筋肉があり過ぎて気持ち悪い!」
「散々な言われようだな……。で、こいつはケンタウロスなのか?」
「当たり。まあ、魔物扱いなんだけどな」
「え?魔物なのか?」
「『土卿エリア』の南西に広がっている荒れ地の一帯に住んでいるんだけど、時々近くの町や村を襲いに来ることがあるんだってさ」
「まさに蛮族」
「まとめ記事によると、同じ荒れ地を縄張りにしているオーガと毎日のように争っているんだってさ。ちなみに一頭なら七等級で数頭なら六等級、二桁を超える群れだと四等級の討伐依頼になるみたいだぞ」
「こいつはその群れのリーダーだったやつみたいで、冒険者なら五等級はないと倒すのは難しいとか言われたな」
「え?あんた六等級じゃなかった?よく勝てたわね」
「最近は冒険者の仕事をしてなかったからな。実力的には四等級以上はあるはずだぜ!」
「うわー……。あっさり返り討ちにされる噛ませ役の台詞みたい」
「しっ!それは言わないでおいてやれ!」
「……聞こえているからな」
「あっ!試合始まったぞ!うわ、早!?さすが下半身が馬!」
「棍棒を振りかぶって「しねー!」って叫んでるんだけど……」
「まさに蛮族だな」
「間違いなく蛮族だわ」
「おいぃぃ!?どうして自分の剣をあの棍棒に叩き付けてるんだよ!?普通は避ける場面だろ!?」
「何言ってるんだ。男ならいつでも真っ向勝負だろ!」
「やだ、超カッコイイ。……とか思わないから。バカだとしか思えないから。こんなことしていたら、そりゃあ武器だって壊れるはずよ」
「盛り上がってるんだからいいじゃねえかよ」
「まあ、魅せるという意味では間違いないのかもしれないが。ただ、これは力押しをするしか能がない相手だから何とか様になっているだけだぞ。ちょっとでも頭を使うやつなら、いいように翻弄される可能性が高いぞ」
「良くも悪くも、分かりやすい戦いが好まれる闘技場ならではってことなんだろうな」
今の内から戦い方を教えるべきなのか、それとも一度痛い目にあうまで放っておくべきなのか。
仲間たちが頭を悩ますのをチラリと見ながら、フローレンスはその横を通り過ぎるのだった。
「なあ、事件ですっかり有耶無耶になってしまってるけど、結局『テイマーちゃん』以外にグロウアームズを手に入れたやつはいるのか?」
「今のところはまだいないみたいだ」
「まだ仮説の検証を行っている途中だから仕方ないべ」
「仮説なあ……。それだって結局『テイマーちゃん』が言い出したことなんだろ。当てになるのか?」
「それを疑いだしたらどうしようもないぜ」
「ああ。そこまで信用できないなら自分で条件を探せって言われるのがオチだぞ」
「なんだよ、お前たちやけに『テイマーちゃん』の肩を持つじゃないか」
「俺は合同イベントの時に直にあの子に会う機会があったからな。少なくとも、そんな嘘を吐くような子じゃないと言えるぞ」
「マジか!?いつ会ったんだ?」
「一日目の本戦の時だな。さくっと負けたけど。エッ君とリーヴも生で見たぞ」
「VRだから生じゃないだろ。と定番の突っ込みを入れておくぜ。ちなみに俺は龍爪剣斧を見せに来た時に遭遇した」
「なんだよ、あの場にいたのかよ」
「まあな。それよりお前、やけに食いつきがいいな。あれだけ文句を言っていたから、てっきり掲示板で騒いでいたアンチの連中と同じなのかと思っていたんだが?」
「は?俺は単純に疑問に思ったことを口にしただけだが?」
「紛らわしいわ!というか、今は余計な騒ぎの元になりかねないから自重しとけよ」
全くだと内心で同意しながらも、ここ数日で聞こえてきた噂話から、もうしばらくの内にはこの騒動も落ち着くだろうとフローレンスは予想するのだった。




