385 裏目に出たかも
「リュカリュカさんがおっしゃっていた通り、犯行の際に彼は小声で何事かをずっと呟いていたようですね」
ああ、やっぱりあの意識が途切れる前の記憶は間違いなかったんだね。
「何を言っていたのかは分かりましたか?」
「それが……、解析を行った結果「お前のせいだ。お前が悪い」と延々繰り返していまして……」
ボクの問い掛けにアウラロウラさんが渋い顔で答える。
そしてそれを聞いてチーミルたちは、不気味さにブルリと体を震わせていたのだった。
むむ!うちの子たちを怖がらせるだなんて、なんて悪い人なんでしょうか!
これはしっかりとやり返さないと気が済まないかも!
「ふうん。それはまた、いかにもな心神喪失の演技ですね」
そんな感情が籠ってしまったのか、ボクの口から飛び出した言葉はとても冷ややかなものとなっていた。
「演技、ですか?失礼ですが、そう判断した根拠はあるのですか?」
納得がいかないというより、訳が分からないという顔で尋ね返してくるアウラロウラさん。
首をかしげる猫さん、超絶可愛いです。こんな状況でなければ、延々と眺めていられたというのに。
犯人及び犯行にかかわった連中に対してふつふつと怒りが込み上げてくる。
理不尽?世の中ってそんなものですから。
それに、先に手を出してきたのはあちらなのだ。既に罪を償ったということであればまだしも、そうではないのだから遠慮も手加減もする必要はないというものだろう。
そのためにもボクの考えをアウラロウラさんに話す必要があるのだろうが、その前にもう一つ確認しておかないといけない。
「犯行前後のその人の行動は分かりますか?」
「犯行より前のことは、申し訳ありません。直前に突然現れたような形となっていまして、詳しいことは解析中となっています」
つまり、やろうと思えばその姿を消したままボクを害することだってできたのではないだろうか。
やはり、犯行現場を他のプレイヤーに見せることが目的だったと考えることができそうだ。
「犯行後はそれこそ、先の言葉を呟きながらぼうっと突っ立っていました」
犯行の前後で落差が激しいね!?
まあ、今の説明だけを聞けば、事件を起こしたことで辛うじて保たれていた精神の均衡が崩れてしまった、と思えなくもないかな。
ボクとしては逆に疑惑が深まってしまったけれど。
「過度のストレスで追い詰められて、犯行に及んだという風に見せかけたいのでしょうね」
さて、少々話は変わるけれど、犯人は『OAW』に不正に侵入して『異次元都市メイション』に施されていた――運営によれば――難解なプロテクトを改竄してボクを害していることになる。
それ以外にもボクの居場所を特定するなどの作業も必要になったことだろう。
果たして精神的に追い詰められている状態で、これだけのことをできてしまえる人がどれくらいいるだろうか?
この一年足らずの間に受験というストレス社会の代表格の一人と対峙していた身としては、相当少ないのではないかと思われますが、いかがでしょうか?
ミドルティーンの小僧小娘とは違って、社会の荒波にもまれた立派な大人であれば、ストレスとの付き合い方も上手になっているのかもしれないけどさ。
ただそれ以前に、本当に立派な大人であれば、こんなことをしでかしてはいないような気もするけれど。
「リュカリュカさんが言わんとしていることについては理解できますが、残念ながらそれだけでは証拠不十分ということになってしまいそうです」
まあ、あくまでボクが推理しただけの事柄でしかないからね。
むしろこれで「なるほど!」と頷かれて行動指針にされる方が恐ろしいというものです。
……あれ?何だかつい先ほどそんなことが起こったような気が。
……うん。深くは考えないようにしましょう!
「犯人の精神状態については、侵入の経路や改竄の手口などを調べていればある程度見えてくるんじゃないですかね」
詳しくは分からないけれど、漫然とした心持ちでできるほどプログラミングなどの作業が簡単だとは思えない。
特に今回は『OAW』運営がその強固さに自信をもっていたプロテクトを改竄しているのだ。ギリギリの精神状態で突破できるようなものではなかったはずだろう。
「仮に想定に当てはまらなかったとしても、それならば今度は別の人物の関与の根拠になると思うんですよね」
どう転んだとしても、こちらの利益になるように誘導することくらいはできるのではないかな。
「担当者には、犯人の心境などにも留意して解析を進めるように言い添えておきます」
後のことはアウラロウラさんたち運営に任せるしかないだろう。
どうしてボクが狙われたのかという理由を明確にはできなかったのは残念だけれど、これ以上できることはなさそうだからね。
「それにしても、脅かして排除しようとした相手からこれほど手酷い反撃を受けることになるとは、犯行にかかわった連中も考えてはいなかったことでしょう」
特に何かを含んでいる様子もなく、淡々とアウラロウラさんがそんなことを呟いていた。
ちょっとくらい痛い目に合わせれば簡単に怖がると考えていた節はあるかもね。
「結局のところ、犯人たちは欲張り過ぎたんだと思います。最小の手で最大の成果を望むという考え方自体は悪いことではないでしょうけれど、実際には不確定要素なんてものは山ほどあるんですから、そうそううまく予定通りに行くはずなんてないですから」
そういう意味では、この回の事件の絵を描いた人物は、世の中のことを知り尽くしたつもりでいる頭でっかちな性格なのか、式と答えが必ずイコールで結ばれるような状況に常日頃からどっぷり浸かりきっている人なのかもしれない。
「って、反撃してしかも大勝ちしたような体で話をしていますけど、まだ何もやり返していませんよね!?それに、その言い方だとまるでボクが主導して何かやらかしたみたいじゃないですか!?」
「今しがた上から連絡が届きまして、今回の件において『OAW』運営は正式にリュカリュカさんを協力者として遇することに決定していますよ。ですから、リュカリュカさんが中心となってやり返したということになっても問題はありません」
「なんですと!?」
「この際ですから、ワタクシたちだけではなく、プレイヤーの方々に手を出せばどうなるかをしっかりその身に教え込んでやるというのもアリかもしれませんね」
「ちょっ!?正気に戻ってー!?」
ふふふと黒い笑みを浮かべる猫さんは、いわゆる闇堕ちしたかのような恐ろしさがありましたとさ。




