376 徒労感が半端ない
名前も決まってようやっと落ち着くかなと思ったところで目の前に一文が表示された。
《『特別製ハルバード』がグロウアームズ『牙龍槌杖』へと変化しました。それに伴い各種数値も変化しています。ご注意ください》
突然がっくりと項垂れることになってしまうボクを見て、うちの子たちを含む周りの人たちが一体どうしたのかと不思議がる。
が、既に説明する気力もなくなっていたため、いつかのようにそれを皆へと差し出すことにしたのだった。
困惑しながらも牙龍槌杖を受け取るスミスさんに、残る面子が横から下から覗き込む。
あ、そろそろ危険領域かも?
たび重なる似たような事態に、次に起きるであろう展開を察せられてしまったボクは、ささっと両手で耳を覆った。
その瞬間、
「ええええええええええ!!!?」
大音量が『雑貨屋ミセレニアス』の店内中に響き渡ることになったのだった。
まあ、前振りもなくいきなりグロウアームズに変化した牙龍槌杖の解説文を見せられたら驚きもするよね。すまぬ。
余談だけど、メイション内でのNPCはプレイヤーの能力に準拠しているためなのか、うちの子たちでも問題なく解説文が見えたもようです。
まあ、そのせいで固まってしまうことになったようだけど。
「ぐ、グロ?え……?本物?」
「落ち着きなさい。その言い方だと不意討ちでグロ画像を見せられたみたいよ。……もっとも、気分的には似たようなものだけど」
そう言って錯乱するケイミーさんを宥めながらも、ちょっぴり恨みがましい目をこちらに向けてくるシュクトウさんです。
そんな視線を「ごほうびです!」と喜べるような業界には所属していない、というか都市伝説の類だと思っている派なので、ボクはすぐにでも謝るべきだという結論に達したのだった。
「ごめんなさい。ボクとしてもいきなりのことですっかり意気消沈して、説明する気力も失せてしまっていました」
同時に、現在の精神状態についても明らかにしておく。
こういう不安定な時には、下手に隠そうとしたところで必ずどこかにぼろが出てしまっているものだ。よって、変に取り繕おうとはせずに正直に話しておく方が、後々の余計な問題の種にならずにすむのです。
今回もこの点が功を奏したようで、素直に心境を語ったことによってわざと驚かそうとしたわけではないと理解してくれたらしい。
シュクトウさんは「仕方ないわね……」とため息混じりに吐き出して、矛を収めてくれたのだった。
さて、この場にいる最後のプレイヤーのスミスさんはというと、ケイミーさんのように呆然とするでもなく、シュクトウさんと同じように驚かされたことに怒るでもない、別の反応を示していた。
製作者の一人として、グロウアームズに変化したことを喜んだり感動したりしていた?
ボクも最初はそう思っていたのだけれど、少し観察した時点でどうにも様子がおかしい時が付くことになった。
手にした牙龍槌杖をじっと見つめながら、何やら難しい顔で考え込んでしまっていたのだ。
「……そっとしておくっていうのはダメですかね?」
「話しかけ辛い雰囲気なのは同感だけど、さすがに放置しておく訳にはいかないんじゃないかな」
「いやいや、うちの店にこんな怪しい彫像は必要ないから。早いところ再起動させてお引き取り願いたいわね」
以前も言ったように、スミスさんは外見的には誰も彼もが目を引かれるようなものではなく、無骨さが全面に出ている職人気質を連想させる容姿だ。
だからこそ男前な台詞が良く似合うのだが、反面年頃の娘さんが集まってくるファンシーで可愛い系統なお店とは、少々相性が悪いかもしれない。
問題は話しかける程度では、反応を示してくれそうにもないということだろうか。
何をそんなに深く考え込んでいるのかな?よくよく見ていると、小さく口元が動いており、なにやらぶつぶつと呟いているようだ。
ケイミーさんたちと顔を見合わせ、深く頷き合う。
乙女としてはちょっぴりはしたないものがありますが、お耳をダンボにして聞き取りに励むことにします。
「確かにグロウアームズへの変化には名付けが必要だ。しかし、今回は名付け終わってから少し時間が過ぎていたはずだ。『テイマーちゃん』も一緒になって拍手をしていたから、それは間違いない。どうして名付けと変化に時間差が生じた?もしや隠された条件が存在しているのか?だが、『笑顔』の時にはそんな話は一切なかったし、今でもそんな情報は流れて来ていない。つまり『OAW』だけの限定の機能ということなのか?」
えーと。どうやら彼としてはグロウアームズになったタイミングが気がかりとなっているみたいだ。
多分、今頃頭の中ではあれやこれやとあちこちの引き出しから情報を引っ張り出してきては、色々と検証が行われているものと思われますです、はい。
「目が虚ろになっているようでもないし、意識もはっきりとはしているようだから一安心かしらね」
「待ちなさい。武器を持ったまま延々ぶつぶつ呟いているという時点でうちの店としてはアウトよ」
いやいや、シュクトウさん。それ、大概の店でもアウトですから。
「このままじゃ埒が明かないわ。こうなれば実力行使で何とかするしかないわね」
「ちょっと、ちょっと!実力行使って下手なことをしたら運営が飛んでくることになるわよ!?」
メイション内に限ってのことだけど、プレイヤー個々人には衝撃を感知する機能が備えられており、一定以上の力が加えられた場合には、通報されていなくとも運営が駆けつけてくることになるのだ。
「……そんなことをせずとも、持っている牙龍槌杖を取り上げれば正気に戻るのではなくて?」
「考え込む原因を取り除くという訳ですね。それなら十分に効果が期待できるかもしれません」
いつの間にやら復活していたチーミルとリーネイが、冷静に対処法を提示してくれる。
「それはいい考えかもね!でも……」
「二人に言われると、小さな子どもに指摘されたようでショックが大きいわね……」
と、今度はケイミーさんたちが凹むことになってしまったのだった。
そして、チーミルたちの案を採用して実行してみたところ、
「……うん?ああ、すまない。考え事をしてしまっていたようだ」
あっさり二人が予想した通りの展開となったことも追記しておきます。
〇武器基本性能
特別製ハルバード
攻撃力7 耐久値300
一流の鍛冶師プレイヤーたちが自らの持つ技術の粋を用いて作り上げた特別な逸品。
素材は一般的なものながらも、その中でも選りすぐりの上質品を使用しているため、性能にもそれが反映されている。
一部に精巧な龍の装飾が施されていたり、斧刃部分が打撃用の鈍器となっていたり、突起部分が竜の牙を模した錐となっていたりと、ある意味製作者たちの遊び心満載となっている。
牙龍槌杖(グロウアームズ・レベル1)
攻撃力5 防御力1 魔法力1 耐久値150
名付けによって誕生したこの世にたった一人だけリュカリュカのための専用武器。
変化したことで新たに防御力や魔法力を得たが、反面元の特徴であった高い攻撃力と耐久値は鳴りを潜めることになってしまった。
戦闘の経験を得ることで成長していくことができ、レベルアップするためには一定量の戦闘経験と特別な素材を用いた鍛え直しが必要となる。




