37 ホームルーム前の一時
六月も間近に迫る五月の末、日に日に暑くなっていくのを感じながら、ボクは今朝も自転車をこいでいた。
ダイエット?
健康のため?
ノンノン!通学のためです。
県庁所在地のある市の隣にあるとはいえ、地方となれば中核地域から外れてしまうとすぐに田園風景が基本となってしまう。
当然、公共交通機関も種類、量ともに少なくなってしまうので移動にはもっぱら自らの肉体を利用するより他はなくなってしまうのだ。
そんな訳で今日もえっちらおっちらと自転車をこいで学校に到着です。
まあ、なんだかんだ言っても自宅と同じ町内にあるので、二十分もあればついてしまうのだけど。
ちなみに、里っちゃんの通っている県内でもトップレベルの進学校は隣の市にあるので、自転車で最寄りの駅まで行き、電車に乗って中核地域――ボクたちは「まち」と呼んでいる――に出た後、徒歩で学校まで通うという形となる。
片道約一時間の道のりだそうだ。うん、ボクには絶対に無理だわ。今の学校に決めた一番の理由からして、「家から一番近いから!」だからね。
入学試験の面接の時に正直にそう答えたら、面接官役の先生が苦笑いしていたっけ。
「おはよー」
「あ、三峰さん、おはよう」
「おっす、三峰」
校舎の裏手にある駐輪場に到着する頃には、いくつもの見知った顔と遭遇するようになる。自宅と同じ町内にある、ということで、約半数の生徒が同じ中学出身者なのだからさもありなん。
自慢じゃないけど、中学時代のボクは結構有名人だったのですよ。……まあ、主に里っちゃんの従姉妹という意味合いでだけど。
「あら、優。いつも早いわね」
「雪っちゃん……。ボク、コホン。私よりも先に来ている人から早いとか言われると、どう返していいのか分からなくなるんだけど」
教室に入るとクラスメイトの一人から声を掛けられる。
「私は部活の朝練があるから仕方なく来ているだけよ。そうじゃなければ今頃まだ朝ご飯を食べているわ」
「それは普通に遅刻しちゃうんじゃないかな……」
自堕落を公言するような台詞を堂々と言い放ったのは、中学からの知り合いでもある星雪菜ちゃんだ。
同じクラスになったことはなかったけれど、里っちゃんと同じく二年生の頃から生徒会役員を務めていた関係で、いつの間にかボクともこうして気安く話してくれる仲となっていた。
ちなみに、彼女のお家は学校から徒歩三分の所にあるので、先ほどの台詞が冗談だとは言い切れない部分があったりする。
「ところで、優。この前の土曜日のことなんだけど、例の店に喜々として入って行くあなたの姿を見たというタレコミがあるのだけれど?」
「タレコミて……。刑事ドラマじゃないんだから」
雪ちゃんの台詞に苦笑いを浮かべてしまう。この子の推理ドラマ好きは相変わらず健在のようだ。しかも連ドラの方よりも二時間物の方を好む傾向があるのだった。
それこそ今彼女自身が話題に取り上げたあの時、里っちゃん相手にボクがカツ丼云々といっていたのは雪っちゃんの影響を受けたからだと言えるね。
「どんな噂が雪っちゃんの頭の中を駆け巡っているのかは知らないけれど、土曜日の時の私のお相手は里っちゃんだよ」
「やっぱりそうか。予想していた展開ではあるけど、つまらないわ」
「そう言われましても……」
歯に衣着せぬ友人の言葉に、再び苦笑が漏れる。
「それで、我らが生徒会長様は元気だった?」
「うん。学生会の役員に誘われるくらい元気だったよ」
「さっそくか!里香は一体在学中にどれだけの伝説を残すつもりなのよ?その内、アイドルグループにスカウトされたりするんじゃないかしら。地元だけのご当地系じゃなくて、全国展開している方」
「それなら中学の時に何回かあったはずだよ」
「え?なにそれ?その話初耳なんですけど?」
「結構しつこかったらしくて、周りに飛び火しないように隠していたんだって。最後の方には私のことまで調べていたみたいで、二人一緒にならどうとかも言ってきたらしいよ」
さすがにこれ以上エスカレートしては危険だと判断した里っちゃんのお父さんが、伝手を頼ってようやく事なきを得たのだそうだ。
ちなみに、何をどうしたのか詳しいことは里っちゃんも知らないらしい。
「はあ……。才女をやるのも苦労しているのね。でも、優と里香のアイドルユニットなら見てみたかった気もするわ」
「私と里っちゃんだと、釣り合わないからダメだよ」
「そうでもないと思うのだけど……」
「クラスメイトのひいき目として受け取っておくー」
そろそろ予鈴が鳴る時間が近づいていたので、まだ何か言いたそうにしていた雪っちゃんとのお喋りを半ば強制的に切り上げて自分の席へと向かったのだった。
学校指定の小洒落たバッグから持ち帰っていたノートや教科書を取り出して、机の引き出しへと移動させる。
そして制服のファスナー付きの内ポケットに入れてあった携帯端末をバッグの中へ――、入れる前にちょっとだけ起動。
『OAW』にリンクさせてエッ君を呼び出す。こうやっていつでも仲間のモンスターと一緒にいられるというのは、テイマーとサモナーの特権だ。
ちなみに、ゲーム内での処理としては、夢の中での出来事という扱いになっているそうだ。
端末の液晶画面の中をエッ君が元気に走り回っている。
画面をタップするとその後を追いかけてきたり、逆に逃げ回ったりとその反応の種類もなかなかに豊富だった。
「ふふふ」
なんだかほっこりしてしまう映像だよね。ARを使った新機能の開発にはまだまだ時間が掛かってしまうようだけど、これはこれで十分な触れ合いといえそう。
もっともリアルでのモフモフ体験は、動物アレルギー持ちのボクとしては切実な願望なので、一刻も早い完成をお願いしたいところではある。
そして画面の中のエッ君に夢中になっていたボクは、
「星さん、三峰さんの様子はどうだった?」
「いつもと変わらずね。あれは本人が言う通り、待ち合わせの相手は里香だとみて間違いないわ」
「うーん……。でもあれ、なんだか浮かれてない?」
「確かにそう見えるけど、男の線は薄いと思うわよ。里香ほどじゃないにしても、優華と釣り合うとなると相当なスペックが必要になってくると思うから」
「結局そこが問題かあ……」
そんなクラスメイト達の会話にも気が付かず、ホームルームが始まるまで端末をいじって過ごしていたのでした。




