366 予定は未定で決定ではない、つまり変更します
親たちによる差し入れという名の抜き打ち視察を挟みつつ、四泊五日に渡ったボクと里っちゃん時々雪っちゃんによるお勉強合宿は無事に終わりを迎えた。
まあ、基本的に家に引きこもって勉強しているだけだったから、血沸き肉躍るような冒険もなければ、阿鼻叫喚な地獄絵図に遭遇するようなこともなくて当然なのだけれどね。
あえて取り上げるなら、里っちゃんが時折ボクたちにはさっぱり理解できない難しい問題を解いていたことが、事件だったと言えないこともないのかもしれない。
そして合宿を終えた翌日の夜、すっかり普段通りの生活へと戻ったボクは、ほぼほぼ一週間ぶりに『OAW』を起動させていた。
向かう先はクンビーラ!と言いたいところだけれど、まだプレイヤーの人たちからの情報収集は完了していない。これから先の行動に大きくかかわってくることだから、しっかりと調査しておかないと。
ブラックドラゴンがいるから、攻められたところでそう簡単にはクンビーラが敗北するということはないだろうが、暗殺だのなんだのと言った物騒な手段もある。
ボクたちの留守中にこちらの本丸が攻め落とされていた、などという恐ろしいことが起こらないようにしておかないといけないのだ。
理想を言えば相手に全く気が付かれずに、浮遊島へと繋がる転移装置を破壊することだろう。とはいえ、そんなことが簡単にできてしまうのであればこんな苦労はしていないという話だ。
先ほどはクンビーラの心配ばかりしていたが、ボクたちの行動が怪しまれて捕えられてしまう可能性もあれば、転移装置の存在に気が付かれて先に確保されてしまうことだって考えられる。
このように用心しなくてはいけないことは山のようにある訳で。それらによる心の負担を少しでも軽くするためにも、集められるだけの情報は集めておいて損はない。
なので、今日も今日とて情報を得るためにプレイヤーが多く集まる場所筆頭の『食道楽』に向かってれっつらごーなのです。
「ちょっと待ってくださいまし!」
「うにょお!?」
歩き始めようとしたところでいきなり服の裾を掴まれてしまい、思わずつんのめってしまいそうになる。
「な、なにごと!?」
慌てて振り返ってみると、そこには腰に手を当てて仁王立ちっぽい雰囲気を醸し出しているチーミルと、苦笑を堪えるリーネイがいたのだった。
うん、身体が小さいからか幼い子どもが頑張って胸を張っているようにしか見えないわ。
つまり、とっても微笑ましい光景ですね。
ちなみに、エッ君は油断しているとすぐにどこかへと言ってしまいそうになるので、現在リーヴに捕獲されていた。
さて、和む光景が展開されているけれど、注意しなくてはいけないことはしっかりと注意しておかないとね。
「チーミル、いきなり服を掴んだら危ないでしょう」
「無作法だったことは謝罪いたしますわ。ですがリュカリュカ、あなたは今日もあの食堂街へと向かうつもりだったのではありませんの?そのように食べてばかりいては太ってしまいそうですわ」
え?太る?誰が?
「ボクならまったくもって問題ない――」
「誰もあなたの心配などしていませんわ」
ちょっ、チーミルさん!?
言い方!例えその通りなのだとしても、もう少し言い方というものがあるからね!?
「リュカリュカ、チーミルの言ではありませんが、さすがに毎日食べ歩きばかりしていてはいい加減私たちも太ってしまいそうですから、一度本気で体を動かしておいた方が良いのではありませんか?」
……え?リーネイたちが太るの?というか太れるの?
まあ、元々が人形だから魔法生物とかそういうものに分類されるようで、ドロップアイテムの魔石など魔力を内包したアイテムさえあれば生命維持には事欠かないため、通常の食事が栄養過多になっている可能性はあるけれど。
「それとああ言ってはいますが、あなたのことだってちゃんと心配しているんですよ」
「あー、うん。そうみたいね」
その台詞が聞こえていたからなのか。
ツーンとそっぽを向くチーミルの頬っぺたがほんのり赤くなっているように見えたのだった。
あら?というか、上手く誘導されてしまい突っ込みを入れる機会がなくなってしまったかも?
まさかそれすらも狙ったものだったのかしらん?
改めてリーネイを見やると、邪気のない顔のままニコニコと微笑んでおり、その内心を透かして見ることはできなかった。
そんなこともあって、本日の予定は情報収集から運動及び戦闘訓練に変更です。
さっそく近場にいた店員NPCさんにそれらしい場所がないかを尋ねてみることにした。
え?どうしてプレイヤーではなくわざわざNPCに聞くことにしたのかって?
リアルでお勉強合宿をしている間にグロウアームズのことが広まっているらしく、やたらとプレイヤーに声をかけると逆にそのことで大量の質問をされそうだったからです。
まあ、上手くスミスさんが手を打ってくれていたようで、むやみやたらに突撃してくる人がいなかっただけでもマシかもしれないけれどね。
ボクとしてはできれば情報収集をした際のお礼という形で、グロウアームズのネタを提供したいと思っていたこともあって、無難にNPCに尋ねることにしたという訳です。
そしてやってきたのは奥側に当たる『広場』だ。
この一角に練習用というか訓練用の施設があるらしい。屋内なのに直径一メートルから一キロまでと広さは自由自在で、しかも全天候型対応なのだとか。
その上、本編とは違って技能の熟練度だけではなく、通常の経験値も貰えるためにレベルアップまでできる追加機能付き!ただしこちらは要課金ではあるそうだけど。
この追加機能のために一部のプレイヤーからは「リアル精〇と×の部屋!?おじいちゃん、ここはVRだからリアルじゃないのよ」と呼ばれているらしい。……後半いらないよね。前半のネタも危険だけど。
もっとも運営の担当者によるとネタ元を意識した訳ではなく、「あり得ないほど短期間の秘密特訓で強くなって、一度負けた相手に逆襲するって展開燃えますよね」ということであるそうな。
課金制になっているのは、あくまで裏技的な最後の手段という扱いになっているから、なのかもしれない。
このように色々と理由があるようだけど、ボクとしましては「便利ならどうでもいい」という結論になるのでした。




