365 驚かれました
わざわざ他人の目、他人の耳がない状態で尋ねてくれた雪っちゃんの配慮に感謝しつつ、どこからどこまで話したものかと考える。
あ、彼女に教えるのが嫌と言う訳ではなく、時間的な制限があるからね。
夕食には早めの時間だとは言っても、家に帰らなくてはいけないことを考えると、長々と引き留めて話を聞かせることはできないのではないかと思っていたのだ。
「優ちゃん、私のことはともかく優ちゃんのことは大まかにでも全部話しておいた方がいいと思う」
どうしようかと迷っていたところに里っちゃんからの助言が。
いや、ちょっと待って?
どうしてボクのことだけなのでせうか?
そんな疑問に気が付いたのかピッと右手の指一本立てて解説を始めてくれる麗しの従姉妹様。
「私のゲームでのことは、中学時代にたくさんお話し済みだから」
どうやら生徒会活動の際の空き時間などを利用して、布教がてら『笑顔』のプレイ状況を語っていたらしい。
そして当時のことを思い出しているのか、微妙に遠い目になっている雪っちゃんです。
一体何をどう話せばこんな具合になってしまうのやら……。いやいや、語らなくていいから!ホントまぢで怖いから勘弁して下さい。
「それじゃあ、時間もないから事のあらましだけ簡単に説明しておくね」
「ええ、お願い」
里っちゃんの動きに不穏なものを感じ取ったボクが早口でそう告げると、即座に了承の旨を伝えてくる雪っちゃんなのだった。
「……とりあえず、こんなところかな。詳しくは一度『冒険日記』を読んでもらってから改めて説明するということで。……って、二人してどうしたの?」
一通り話し終えたボクが目にしたのは、肘をテーブルに着けて両手で頭を抱えるような恰好になっていた里っちゃんと雪っちゃんの姿だった。
「優が無自覚で色々とやらかす体質じゃないかというのは薄々と感じていたけれど……。ストッパー役がいない状態だと、これほど暴走してしまうものだったのね」
雪っちゃん、それ間違いなく褒めてないよね?
「合同イベントが終わってからまだ二週間も経っていないのに、エリア間移動のためのキーイベントクリアとワールドクエストの解放?それだけでも大発見だっていうのに、その上グロウアームズまで獲得しちゃうだなんてどうなってるの!?うちのギルドでもここまで短時間でそれだけの成果を上げたことはないわよ……」
またまたそんな大袈裟な。里っちゃん、『コアラちゃん』ことユーカリちゃんがギルドマスターになっている『新天地放浪団』と言えば、『笑顔』でもトップクラスの実力のギルドだって言われているでしょうに。
そんなところより成果を上げているとか、いくらゲームが違って単純比較が難しいとしてもあり得ないよ。
「うぬぬ……。優ちゃんが絶対理解をしていない顔をしてる」
「仕方がないわ。優は里香を基準にして物事を測る癖があるから、自分のこととなると特に評価が低くなるのよ」
それは誤解と言うものだ。ボクがやっているのは精々が上位の比較対象として里っちゃんを想定しているということくらいなものです。
だいたいですね、彼女を基準になんてしたら合格ラインが跳ね上がってしまって、誰も通過できなくなってしまうよ。
「その辺りのことはまた追々話していくとして。雪っちゃん、そろそろ外が暗くなってきたから、帰る準備をしないとまずくないかな?」
チラリと窓を見やると、磨りガラス越しにぼんやりと夕焼けに赤く染まった世界が見えていた。
特に有名な名所もなければ、他所から人を呼べるような行事事も少ないボクたちの住む町だけど、その分犯罪等の危険は少ない穏やかで平和な所だった。
とはいえ、それはそれこれはこれというやつでして、年頃の女の子が夜間に出歩くことが推奨されているはずもなく。
そろそろ帰る準備を始めないといけない頃合いとなっていた。
「もうそんな時間になっていたのね。楽しいと時間が過ぎるのが早いわ」
本当だねと相づちを打ちながら、内心では彼女もこの時間が楽しいものだと感じてくれていたことを嬉しく思っていた。
そんなこんなで残っていた食事を急いでお腹の中へと片付け、さらには使用した調理器具や食器の洗浄などの後始末を行っていく。
一人だとお腹が膨れていることもあって億劫になる作業も、三人でやれば楽しくあっという間に終わらせることができたのだった。
「明日は何時くらいに来られそうなの?」
「墓参りと絶対に挨拶しておかなくちゃいけない親戚の家に行くから、こっちに戻ってくるのが早くて二時か三時くらいかしらね。道の混雑具合だとか向こうの機嫌次第ではもっと遅くなるかもしれないわ」
くいっと手に持った何かを傾ける仕草をする雪っちゃん。
向かう先の大人たちがお酒が入って酔っぱらっていると、引き止められて長居してしまう可能性があるということのようだ。
「そうなんだ。それじゃあ夕食だけでも食べに来たらどう?」
「え?いや、それは悪いわよ」
「そんなことない。買い出しのお金は全員で等分しているし、それに私たちも誰かに食べてもらえる方が嬉しいもの」
里っちゃんの一言に、ぐっと胸を抑えてよろける雪っちゃんです。
分かる、分かりますよお。邪気がない分、余計に破壊力が大きいのだよね。
様々な理由で涙目になりかけている彼女に、諦めてというようにそっと首を横に振る。
すると雪っちゃんは「うあー……」という投げやりな声と共に大きくため息を吐いたのだった。
ちなみに、里っちゃんからは見えない位置にボクがいたこともあって、今のやり取りには気が付いておらず、突然の奇行に驚いているようだった。
さて、いつまでもおかしな空気を引きずっている訳にもいかない。
「里っちゃんが言ったようにご飯のお金は三人で均等に分けているんだから、気にせずに食べに来てよ。まあ、そのためだけにこの暑い中を自転車で往復させるのは悪い気がしないでもないけどさ」
「それはトレーニングだと考えればいいだけだから問題ないわ。むしろそのくらいはしておかないと体が鈍ってしまいそうよ」
おおう!?さすがは運動部所属だ。
ボクなんてできる限りこの暑さの中には出て行きたくないと思ってしまうのに。
そんなやり取りをして見送った翌日、お願い通り夕食を食べに現れた雪っちゃんから『冒険日記』を読んだ感想というか突っ込みを大量に貰うことになるのだった。




