364 バレてしまった!? みたい
「ねえ、二人とも私に隠していることがない?」
唐突とも言えるそんな台詞を雪っちゃんが口にしたのは、少し早めの夕食の時のことだった。
お昼ご飯に素麺をちゅるりと食したボクたちは勉強を再開、させることなく予定通り買い出しへと向かうことになった。
主にごはんの食材や休憩時のおやつの確保のためですな。
向かった先は比較的近場――とはいえ、自転車で十五分くらいはかかる距離となる――にあるスーパーマーケットを中核とした商業施設だ。
が、しかしでございますよ。この日は高温注意報どころか警報すら発令されそうな猛暑日だった。
よって、外に出て一分でボクたちは後悔する羽目になっていた。
どうしてこんな真昼間に出かけてしまったのか!?と。
まあ、雪っちゃんが泊まることができないために夕食が前倒しになってしまうから、なのだけどね。
それに時間をずらしたところで最近は夜まで暑い日が連日続いているし、夕方は夕方で凪の時間となり、ある意味昼間よりも暑苦しく感じてしまうことになる。
そうした諸々の事情もあって太陽サンサンなお昼時に出かけることになってしまったのだった。
目的地のスーパーで普段より長居してしまったのは、冷房の効いた屋内から出るのを本能が嫌がったため、ということにしておこうと思います。
ついでにアイスクレープという予定外の出費があったのも、全部この猛暑が悪いということで。
そんなすったもんだがありながらも、無事に予定を消化して夕食へと辿り着いたボクたち。
あ、この三人の中には一子相伝な暗殺料理術の継承者や、調理と書いて殺戮兵器製造と読ませるような人はいないのでご安心を。
特に里っちゃんは料理が壊滅的なのが唯一の弱点という創作物にありがちな超絶ヒロインの例には当てはまらず、料理まで得意という万能美少女っぷりでございます。
「こういう光景を見る度に、里香と一緒にいてよく優が捻くれることがなかったなと感心してしまうわ……」
調理中に雪っちゃんが思わずといった具合で遠い目をしていたのも毎度のことだったり。
ボクとしましてはそれが当然だったし、それ以上にできるようになるため里っちゃんが努力しているところも見てきたからね。感心することはあっても、捻くれる原因にはならなかった。
まあ、とはいえ彼女の場合は、その努力をする期間が常人に比べて恐ろしく短かったりもするのだけれど。
汎用型で並みの性能しかないボクなどは、何を習得するにしても里っちゃんのおよそ三倍は時間が必要だったよ。
どこぞの赤い機体かと突っ込みたくなったのは秘密です。
と、そんな回想を挟んでしまうほど突然でビックリな台詞だった訳でして。
「えーと……、いきなり何事?」
今一つ彼女の意図が良く分からずに尋ね返すことになったボク。
この点は里っちゃんも同じだったようで、しきりに隣でコクコクと頷いていた。
「そう……。そうやって白を切るつもりなのね……」
スッと雪っちゃんの目が細められる。
そういえば昨日は彼女が大好きな二時間もののサスペンスドラマが放送された日だったっけ。何のことはない、どうやらテレビ番組の真似っこをしていただけのことだったらしい。
そうは言っても聞きたいことがあるのは本当のことだろう。
問題はその内容にさっぱり心当たりがないということだ。
「ごめん。雪っちゃんが何を知りたいのかが分からないよ」
こういう時には素直に聞き返すのが一番だ。
そしてノリノリな彼女はきらーんと目をきらめかせると、テーブルの下からおもむろに大型画面のタブレットタイプの端末を取り出した。
……いつの間に仕込んでおいたのやら。
それこそ一緒に夕食の準備をしていたはずなのにねえ。
「実は先日、こんな動画を発見したのよね」
そう言って雪っちゃんが起動させたタブレットの画面には、どこかで見たことがある景色が映し出されていた。
はい。もったいぶっても仕方がないよね。
それは、かれこれ半月ほど前に行われた『笑顔』と『OAW』の合同公式イベントの時の映像だった。
「さて、このそっくりな二人は里香と優よね。……申し開きがあるなら聞くけれど?」
自信満々に笑みを浮かべる雪っちゃんを前に、ボクと里っちゃんは顔を見合わせることしかできなかった。
はあ。これ以上ない証拠を突きつけられては白状するより他はないか……。
しかも画面の二人がボクたちであることに確信を持ってしまっている。言い繕うだけならともかく、他人の空似だと納得させるのは至難の業となってしまうはずだ。
「何も言い訳はありません」
「へへー。お見それいたしやした」
と、二人して白旗を上げるだけでなくばっさばっさと振り回します。
「大方の事情は以前に優から聞いていたから知っているけど。進学で離ればなれになった双子の姉妹だっけ?どうしてこんなことになってしまっている訳?」
「それに答える前にこちらからも質問。このことに気が付いたのは雪っちゃんだけなのかな?」
雪っちゃんだけでなく、リアルでボクと里っちゃんの二人と親しくしていた人であれば勘付く可能性はあった。
だからこそ少しでもその可能性を減らすために、架空のキャラクターネームですら控えて『笑顔』運営氏の提案に乗ってそれぞれ『テイマーちゃん』と『コアラちゃん』というあらかじめ浸透していた呼び名で通すことにしたくらいなのだ。
もっともそれなり以上の付き合いがある人には限られるとは思うのだが、身バレに関しては臆病なくらい用心していてもまだ足りないことだってある。
どの程度情報が拡散しているのかも含めて、現状をしっかり把握しておかないと対策の取りようがないのだ。
「下手に聞いて回ると藪蛇になるかもしれないから、このことは誰にも言っていないわ。そもそもこの映像を見つけたのだって本当に偶然のことだったし」
つまり、雪っちゃんを起点にした場所からは広がってはいないけれど、その他に気が付いた人がいるかどうかは分からない、ということになりそうだね。
「もしかして、今回の勉強会に参加してくれたのもこのためだったの?」
「それもあった、くらいよ。去年誘ってくれた時にもかなり勉強がはかどったから、今年も呼んでさえもらえればできるだけ参加しようとは思っていたのよ。どうせ家にいても親戚相手の挨拶回りに付き合わされるのがオチだったから」
さらりと答える雪っちゃんだったが、かなり気を遣ってくれていた様子だ。まったく良い友達に恵まれたものだね。
ちらりと横目で里っちゃんと視線を交わし合い、ニコリと破顔するボクたちなのでした。




