345 帰ってきた!
飛んでくる水の球をまともにお腹に受け、さらには追加効果によるその破裂により男Aは数メートル吹き飛んだかと思えば、「ぐえっ!?」という情けない声を上げて背中からべしゃっと地面に落下したのだった。
そこまで見届けてから審判役の冒険者の方を見やる。
すると彼はボクの方に向いて一つ頷くと、
「そこまでだ!勝者は、あー……、そっちのー……」
「……リュカリュカです」
「り、リュカリュカの勝ち!」
はあ……。何とも締まらない勝者宣言となってしまったものだね。野次馬たちも歓声を上げるタイミングを失ってしまって困っているよ……。
ただでさえ珍しい大物食いだった上に、終わってみれば誰も予想しなかったような一方的な展開だったから。
ボク自身、まさかここまで極端な攻めの試合展開になるなんて思ってもみなかったもの。二、三発は殴られることを覚悟していたし、負ける可能性があることだって十分理解していたのだ。
しかしながら、結果ほどその過程は順調なものではなかった。実際のところ薄氷ギリギリの辛勝だったといっても過言ではない。
例えば最後の瞬間だって、ボクの言葉に耳を貸さずにそのまま大剣を振り下ろしてきていれば、相打ちになってしまっていたかもしれないのだ。
「その辺りのことは反省点として今後に活かせるようにしないといけないかな……」
まあ、それ以前に今日のように一人で戦うような羽目に陥らないようにすることの方が重要な気がしないでもないけれど……。
近付いてこようとしていたミルファたちを視線で制する。
まだやっておかなくてはいけないことが残っているからね。それが終わるまでは誰がボクの仲間なのかは知られない方が良い。
この野次馬の中にハイパーの連中をたきつけたやからが潜んでいないとも限らないのだ。
そんな訳で用心のためにチラリと野次馬たちを見回し、さらには〔警戒〕の技能まで使用してみたのだけれど、これといって怪しい動きを見せるものを見つけることはできなかったのだった。
ちょっぴり気落ちしながら、ハイパーの連中が集まっている方へと向かう。全員見事なまでに消沈してしまっていて、試合前までの横柄な態度が嘘のようだ。
途中から一対一の戦いに変更したこともあって、無効だ何だのと騒ぎ立てるかもしれないとも思っていたのだが、これだけの観衆を前にして「今のはなし!」といえるほどの度胸はなかったのか、黙って敗北を受け入れているみたいだ。
「な、なんだよ!まだ何か俺たちに文句でもあるのか!?」
足音を聞きつけた一人が引きつった顔で問い質してくる。
あらあらまあまあ、随分と嫌われてしまったものだねえ。……もっとも、ボクの方がその何倍も嫌っているんだけどさ!
「はっ。何を言い出すのかと思えば、寝言は寝てから言うものだよ。あいにくとボクは興味の欠片も持てない人たちとわざわざ世間話をしたがるような酔狂な趣味は持ち合わせていないの。そんな暇があるならもっと有意義なことに時間を使っているから」
鼻で笑ってそう告げると、その男――うーん……。どれも没個性過ぎて武器を持っていないと誰が誰やらさっぱり分かりません――は真っ赤になってプルプル震え始めたではありませんか。
ほほう!どうやら凝りていないようだね。
それならぶっすりと極太の釘を刺してあげるとしましょうか。
「それと、まるで被害者みたいな顔をしているけれど、絡んできたのはそっちの方だから。ボクはやむにやまれず仕方なしに相手をしただけだよ。そこのところはしっかりと肝に銘じておいて。……それとも、冷たい水で顔を冷やさないと理解できない?」
これ見よがしに右手を胸の辺りまで持ち上げてやると、今度は顔色を真っ青に染めて首を真横に勢いよく振り始めるのだった。
「……それで、世間話をする対象にもならない俺たちに何の用だ?」
「三十点。態度悪すぎ。負けたくせに、なんて言うつもりはないけど、それが人にものを尋ねる台詞?本気でもう一度頭を冷やしてあげようかな」
別の一人――恐らくは男Aだと思われる。……多分――の言葉を即座に切って捨てる。
まあ、無視して話を進めても良かったんだけどね。この街にいる以上どこでどんな騒ぎを起こされるか分かったものじゃない、と思うと放置する訳にはいかなかったのだった。
ゲームを始めて最初の街、これまでずっとお世話になり続けてきた街ということで、思っていた以上に情が移ってしまっていたらしい。
……こんなことで大陸中を旅してまわることなんてできるのかしらと、我がことながら心配になってしまう。
「あなたたちみたいな人は一辺おじいちゃんたちの訓練を受けて、性根を叩き直してもらうべきかもしれないね」
「おいおい、勝手に人の仕事を増やすような真似は止めてくれ」
ボクの台詞に応える言葉が返って来たのは正面の男たち、ではなく訓練所の入り口がある方からだった。
ざわめきに耳を傾ければ誰かと問うまでもなく、その人物が判明するね。
野次馬たちの口からは次々に「一等級冒険者のディランだ!」とか「あの『泣く鬼も張り倒す』で<オールレンジ>の!?」といった言葉が飛び出していたからだ。
説明的な台詞を、どうもありがとうございます。
「あ、おじいちゃん。帰ってきたんだ。って、あ痛!?」
ちょっ!?
顔を合わせて早々におでこにチョップとか酷くない!?
「お前のその誰彼構わず喧嘩を買い取る癖はどうにかならんのか。面倒な要件を終えてようやく一息つけるかと思っていたところに職員から呼び出しがあって泡を食ったぞ」
「失敬な。これでも買い付ける相手はきちんと吟味しているよ。その証拠に貴族を相手に喧嘩を始めたことはないでしょう」
「威張るな。そんなもんただの常識だ、バカたれ」
うぬぬ……。さすがは六十を超えたご年配。
年の功が半端じゃないので、あっという間に反論されてしまう。
「とにかく、その姿を見る限り怪我はしていないようだな。……で、勝ったのか?」
「ハッタリや言葉回しと仕草で油断させておいて、ようやく辛勝というところかな。レベルによる能力の差を痛感した」
はっきり言って、ハイパーの男たちとの間に技能の熟練度の違いは感じられなかった。
恐らくはおじいちゃんたちにみっちり訓練をつけてもらっていたことで本来のレベルでは到達しない域にまで熟練度が上昇していたためだろう。
だから、今回の苦戦の原因は間違いなくレベル差による能力値の違いということになる。
魔物を倒してレベルアップを図ることも重要だと言われる訳だよ。




