343 第二ラウンド開始!
上手く煽られて釣られてくれたお陰で、男Aとの一対一の戦いに持ち込むことができた。これで勝利に大きく近づいたことは間違いない。
とはいえ、レベルの面では相手の方が上回っているだろうから、必ず勝てる訳でもなければ楽勝とも言い切れないのが辛いところだね。
加えてボクの動きは見られているのに、あちらの行動は一切目撃できていないのも痛い。
先ほどの行動を元にした大まかながらも戦いのシミュレーションが頭の中で組まれてしまっているかもしれないからだ。
……まあ、正直なところ、彼がそこまで深読みができそうな人だとは思えないけれどもね。
だって、そういうことを考えられる頭があるならそもそも話、こんな状況にはなっていないだろうと思うもの。
また、普段はダメダメながらも戦いに関しては超一流、であるならば最初の戦闘で叩きのめされていて、今頃ボクはここに立ってはいなかったと思う。
以上の理由から、相手を必要以上に警戒する必要はないだろう、想像でやたらと強敵に仕立て上げるべきではないだろうとも考えていたのでした。
要するに、おじいちゃんたちのように異様に強いことはないけれど、レベル的には格上の相手だから油断は禁物!ということだね。
その相手となる男Aだけど、かなり苛立った様子で練習用の武器を振り回していた。
口元が小さく動いていることから、思った通りにいかない現状全てに対して悪態を吐いているのかもしれない。
こうして模擬戦を行うことになってしまったボクや周囲の野次馬たちのことは言うに及ばず、黒幕と思われる存在に上手く丸め込まれてクンビーラにやってきてしまったこと、そして指示に従わなかった仲間たちもその対象になっていることだろう。
こちらとしてはそうやってストレスを溜めて正常な判断ができなくなってくれた方が得というものなので、止めるつもりは毛頭ないです。
卑怯?正々堂々と全力の敵を正面から打ち破るべき?
あのねえ、そういうのはせめて戦力が五分かそれ以上でなければ通用しませんから。今のボクが言ったところで、「負けた時の言い訳にするつもりだな」と笑われてお終いというものなのですよ。
その辺はさておきまして、そろそろ始めるとしましょうか。
ストレスの臨界点を越えた結果、逆に開き直ってパワーアップする、なんて展開もないとは言い切れないからね。
右手でポールアックスを握り締め直して男Aの前に立つ。
相手までの距離はおよそ五メートル、歩数にして十歩程度といったところかな。長柄武器の利点であるリーチの長さを活かせるように広めの間合いとなっております。
こすっからいと思われるかもしれないけれど、こうした小さな積み重ねが最終的には大きな差となって現れるのだ。
当然、その間に勝敗の分水嶺となる箇所が含まれることだってある。
そうであるなら、やはりできることはやっておかないとね。
チラリと見やると思い出したかのように前に出てくる審判役の冒険者。
この人、さっきも開始の合図をしただけで、その後は何もしていなかったよね?……それって審判役としてどうなのだろうか?
まあ、こうして得にもならないことを率先してやってくれているのだから、間違いなく悪い人ではないのだろうけれど、ね……。
そろそろ切り替えよう。何度も繰り返し言っているように、基本的に向こうの方が格上なのだ。
そんな相手に油断して勝てるほどボクは強くない。
左足を前に出して半身に近い形になって両手で柄を握る。普段と変わらないいつでも切っ先を突き出せる体勢だ。そんなボクの格好に男Aの顔が訝しげなものからニタリとした笑みへと変化する。
まあ、先に斧頭が付いており『振る』ことを前提とした武器の持ち方としては明らかにおかしいからね。不審には感じたものの、最終的には武器の持ち方も知らない小娘だという結論に落ち着いたのだろう。
当然、侮ってくれる分には全く問題がないので、わざわざ訂正するような真似はしませんですよ。
「改めて、双方ともやり過ぎないように注意するように」
双方と言いながら、審判の彼は何故にボクの方へと視線を固定しているのでせうか?
「それでは……、始め!」
「ふんっ!」
そんなことに気を取られていたから、ではないけれど、今回先に動き始めたのは男Aの方だった。
正面から真っ直ぐ一直線にこちらへと突き進んでくる。駆け引きも何もない真っ向からの正面突破のように見受けられる。
「まあ、ボクにそれほどの目があるとは思えないから、どうでもいいことだけど。【アクアニードル】!」
「ぬな!?」
あわてず騒がず発動させた魔法によって、男Aとその周囲の地面に幾本もの水の針が殺到していく。
ゾイさんからみっちり仕込まれたからね。手にした武器で攻撃している最中ならまだしも、構えているだけの状態でなら魔法を発動させることくらいは容易いのですよ。
ちなみに、発動までの速度を重視したのでMP使用量を半減させたお手軽版となっている。
よって自分から当たりに行って全弾命中でもしない限りは、深刻なダメージには至らないだろう。
「ぐわあ!」
男Aの叫びが響くが……、どこからどう見ても演出過剰だよ。
命中した大半は鎧に弾かれていたし、危険な箇所に飛んできたものは、急停止して両手の大剣で切り払っていたもの。
当たったのは腕の先や脚に命中した数本だけで、そのどれもがちくっとした程度の痛みだったはずだ。
リアルで箪笥の角に足の小指をぶつけた時の痛みの方が辛いと思う。
「距離があるから魔法のおかわりをどうぞ。【ウィンドボール】!」
せっかくの押している状況を無駄にする訳にはいかない。有利な間合いを保つためにも魔法でさらに追撃を加える。
頭上に発生させた吹く風を圧縮したような玉を、男Aのいる場所に向かって撃ち下ろすようにして射出した。
……一応はその背後にいる野次馬たちに被害が出ないように考えているのですよ。
「くそがあ!」
対して彼は今度もそれを避けようとはせずに、何と手にした両手持ちの大剣を風の玉に叩き付けたのだった。
「がふっ!?」
ぶわっ!とボール系魔法の追加効果である爆裂が発生し、噴出した風にまかれて思わずたたらを踏む男A。
……わーお!これは本気で予想外の行動だったよ。まさか避けずに正面からぶつかって喰い破ってくるとはね。
もっとも、それなりのダメージを負ってしまっているだろうから、破られたというほどではないのかもしれないけれど。




