342 最悪は起こり得るもの
一対四という数の差を少しでも縮められればと、脅し――のように見せかけただけのハッタリ――をかけてみたところ、予想外にも仲間割れを誘発することができ、このまま行けばリーダー格の男Aとの一騎打ちに持ち込めそうになっていた。
本当は平常心を失わせて、連携した動きが取れなくなれば御の字だろう、くらいにしか思っていなかったんだけどね。
しかしながらリーダー格だったのは伊達ではなかったようで、男Aには思惑を見抜かれてしまい、このまま四人で戦えば勝てると指摘されてしまった。
もっとも、だからといって従わせることができるとは限らない。これまで鬱屈して溜まりに溜まっていた不平不満もあったのだろう、信頼関係にひびが入ってしまったメンバーたちは胡乱げな顔つきをするばかりで、動こうとはしなかったのだった。
後、いくら正論だからとこの場でそれを口にしてしまったのはまずかったね。
「女の子一人相手に人数で攻め落とそうとするなんて、見た目通りの下衆でしたわね」
その迂闊な発言によって、周囲の野次馬たちに完全にそっぽを向かれることになってしまったのだ。
こうなってしまっては同類と思われたくないという気持ちが働いてしまうので、残るメンバーたちは梃子でも動かなくなってしまうことだろう。
単なる言葉の選択ミスでは片付けられないほどの、あまりにも大きな失敗となってしまったのだった。
余談ですが、外野からの声が的確なタイミングで届けられたことや、やけに聴き馴染みのあるものだったことについては、気にしない方向でお願いします。
もちろん感謝はしているのだけれど、だからこそ平然と一般人にすら手を出すと言ってのけるこんなおバカな連中の意識に上らせたくはなかった。
こんなおバカな連中――大事なことなので二回言いました――でも一応は冒険者として『冒険者協会』に所属しているからね。
腹いせに彼女やその周囲の人物に手を出したりすれば、最悪クンビーラと冒険者協会の正面衝突にまで発展するかもしれないのだ。
え?それはいくらなんでも大袈裟に言い過ぎではないか?
いえいえ。残念ながらそうとも言い切れないのですよ。
さっきも述べたけれど、クンビーラ支部に所属していた冒険者は以前クンビーラの騎士であるグラッツさんや冒険者登録する前の一般人であったボクに一方的に喧嘩を吹っ掛けたという前科があるからだ。
色々あって随分前のことのように思えてしまうかもしれないが、こちらではまだあの事件から一月とちょっとしか経っていない。
ごめんなさいと言った舌の根も乾かない内にまたしても同じような事件を繰り返したとなると、クンビーラとしてはどうあっても動かざるを得なくなるのだ。
ちなみに、前回の主犯の連中が冒険者の資格をはく奪され、さらには裏社会の連中と一緒にドナドナされていることや、今回のハイパーの人たちが他国からやってきたばかりの余所者だったという点については、ほんのちょっぴり考慮されるだけで基本的には何の役にも立たないだろう。
何せこれには都市国家という小さいながらも独立した自治権を持つ国としての面子等々が絡んでくるからね……。
仮に一度動き出してしまえば、まずもって止めることはできない。
そして、そんなことになってしまえば『冒険者協会』の側だって黙ってはいられないはずだ。
冒険者たちが日頃から周囲の魔物を狩ることによって、各町や村の安全と平和が守られてきたのだ。そうした自負があるからこそ、十把一絡げに犯罪者扱いされることに反発してくるだろうことは想像に難くない。
もしも「よろしい。ならば戦争だ」と言ってしまうような短絡的な人が一人でもいれば、そのままなし崩し的に武力衝突へとなだれ込んでしまうことだって十分にあるのだ。
見える、見えますよ!
公主様や宰相さんたちクンビーラ側の関係者に、冒険者協会の支部長であるデュランさんを始めとして職員さんたちやおじいちゃんたち高等級冒険者の皆様方までもが、ストレスで胃や毛根に大ダメージを受けている姿が!
危険!
危険!!
この未来予想はデンジャーでハザード過ぎますですよ!
という訳で少し方向性を変えて見てると、今後の展開次第でクンビーラは浮遊島対策として、クンビーラ支部の冒険者たちと単独で結びつきを強めることになるだろう。
よって『冒険者協会』の本部からも目を付けられてしまうような事態は避けたいところでもあるのだ。
……よくよく思い出してみると、それを勧めたのはボクではありませんか。
発案者自らがその邪魔をするとか、ダメ過ぎでしょう……。
うん。絶対に負けられない理由がまた一つ増えてしまったわ。
幸いにも余計なことを言ってしまったことで男Aは仲間内からも孤立してしまうことになった。一対一の勝負となれば、負ける要素は大きく減少することになると思う。
「さあ、どうする?もっとも、七等級になったばかりの新米に勝てる見込みがないって言うなら、四人のままでも構わないけど?」
そう言って煽ってやると、
「ガキが大口叩きやがって!お前みたいな勘違いした初心者程度が勝てるはずがなかったと思い知らせてやる!」
呆気なく釣られてくれたのだった。
もっとも、男Aとしては受けるより他の手段がなかったのだろうけれどね。
冒険者というのは何よりも実力が重要視される業種だが、だからといって見栄えや面子というものが全く必要ないということではない。
見栄だけではご飯を食べることはできないが、見栄をなくしてしまっては割りの悪い仕事しか受けられなくなる。
例えば依頼という一点だけに絞っても、その遂行の度合いは元より、対する際の態度や心持ちといったことまで時には考慮されてしまうものなのだ。
そういう意味では、実は常日頃からその言動には注意が必要なのだけど、この辺りのことを話し始めると長くなる上に今回のことからは少し離れてしまうので、またの機会にということで。
そして特に冒険者たちが気を配っているのが、力を疑われたり侮られたりしてしまうような評判だ。
今回のことはものの見事にこれに該当するため、男Aとしては挑発と分かっていてもボクの言葉に乗るしかなかったのだった。
まあ、それ以前に六対一という圧倒的な数の差で仕掛けたこと、あっという間に二人が戦線離脱してしまったこと等、既に彼らの面子などないに等しい状況だったのだけどね。
それに気が付かないからこそ、おバカちゃんなのだよねえ。




