335 越えてはいけない一線
年齢という弱点を突かれたことですっかり静かになってしまった男たちだが、このまま大人しく引き下がるとは思えなかった。
それというのも、この騒ぎで周囲から好奇の目を向けられることになったために羞恥で顔を真っ赤にしていたり、格下だと思い込んでいる相手――ボクのことね――から虚仮にされたために憤怒でこれまた真っ赤っかなお顔になってしまったりしていたからだ。
どちらもすさまじく彼らの自業自得な気がしないでもないけれど、こういった手合いにそうした正論を説いたところで聞く耳を持たないのが定番の流れだ。
むしろそんな器量があるなら、そもそも人様に絡むなどという愚かでおバカな真似はしない訳でして。
それにしても……、ぷるぷると体を震えさせながら若干涙目で睨み付けるというのが絵になるのは、お年頃の女の子だけだということが良く分かりました。
「おっさんと呼ばれるような年代の人にやられても嬉しくもなんともないわ……」
いや、むしろはっきり言ってしまうと気持ちが悪い。
せめて心は乙女な人であれば話は違ったのかもしれないけれど、どこからどう見てもむさ苦しくてむくつけき心情の持ち主ばかりにしか見えない。
「新手の嫌がらせどころか、尋問とかに使用されるレベルだよ」
「ぶはっ!?」
そんなボクの感想がツボにはまったのか、職員、冒険者を問わずに何人もの人が口元を抑えてそっぽを向いていた。中にはあからさまに背を向けてしゃがみ込んでしまった人もちらほらといるね。
そしてそれによって感情を逆なでされた男たちの動きがさらに大袈裟なものになってしまい……。
そんな調子で悪循環に陥ってしまい、最終的に冒険者協会の建物内に大爆笑の嵐が猛威を振るうことになったのだった。
思い描いていたものとは異なっているけれど、これだけの騒ぎともなれば名前と顔を知らしめるという当初の目的は果たすことができただろう。
絡んできた男たちへの制裁としても十分以上の効果があった。
後は当の本人たちだが、これだけ赤っ恥をかかされたのだから少しは懲りるはずだ。
……と考えていたのだけどね。
「くそっ!全部この女のせいだ!」
「これだけバカにされて引き下がったら、『超絶重圧団』の名折れになっちまう!」
「絶対に後悔させてやる!そのきれいな顔を恐怖と苦しみで歪めてやるからな!」
このおバカどもときたら、責任転嫁な上に暴言と捨て台詞を吐きまくるという好き勝手をし始めたのだ。
あ、一点だけ注意!ギャグお笑い連合がシリアス軍を駆逐する展開になりかねないので、パーティー名に関しては触れない方向でお願いします!
「ひへへへ……。一歩街から外に出たら何が起こるか分からないからなあ」
「街の中だからって言って安心はさせねえぜ。なにせいつもツキが出て明るい夜ばかりじゃねえからよ」
「お前だけじゃないぞ。お前の大事な連中にも同じ目に合わせてやるからな」
うーん……、脅しの台詞としては物珍しいものでもないかな。
最後の一言はこちらのことはあらかじめ調査済みであるという表明なのか、それともすぐにでも調べることができるという自信の表れなのか。
まあ、どちらであっても大した問題ではないね。
だって、そんなことを聞いた以上、大人しく逃がしてやる訳にはいかないもの。
「お姉さん、今の言葉って明らかに犯罪予告ですよね?しかも無関係な街の人まで標的にするって宣言してますし」
「え?あ、そ、そうね。さすがに荒っぽい言い合いの中でのやり取りだったとするには無理がある内容だったと思うわ」
はい。管理組織からのお墨付き頂きましたー。
おや?そこのあなた、「支部長や幹部の職員であればともかく、ただの受付嬢にそんな権限があるものか」とか考えましたね。
いけませんなあ。お姉さま方を侮っていては冒険者として大成することなんてできないんですよ。
まあ、冗談はこれくらいにしておくとしまして。実は今の場合、『冒険者協会の職員』という肩書きを持っている人であれば、誰であっても同じだった。
要は『受付のお姉さん』ではなく、冒険者を監督する立場にある『冒険者協会』という組織に属する人として登場してもらったのだ。
そしてそんな彼女がボクと同じ意見であった、ということが重要になる訳で。
「お、おい。あの嬢ちゃん、あっという間に協会を味方にしたぞ……」
「協会と言う後ろ盾を得ることによって、単なる当事者の片割れではなく、騒ぎを治めて処罰する立場に移ったのね。あれなら多少暴れたところで言い訳が立つわ」
うん。ボクの狙いについては、概ね外野からの説明があった通りだ。
今回はお姉さん本人もボクの意図に気付いた上で乗ってくれたから問題ないけれど、下手をすれば思い付きで口にしたことや自分個人の意見が、所属している組織などの総意とされてしまうことだってあるのだ。
相手がどこを見ていて、そしてどういう立場での言葉を求めているのかをしっかり把握しておかないと、思わぬ落とし穴にはめられてしまうかもしれないので、ご注意を。
さて、ほとんどの人はお分かりのことだとは思うが、このことを教えてくれたのはボクの愛しの従姉妹様の里っちゃんです。
「言質を取られないように、突然の問い掛けや急な質問への即答は避けること」
とは、彼女が中学時代の生徒会役員の皆に口酸っぱく言っていたことの一つだ。
もっとも、そんな悪辣な方法を用いてくるような先生は一人もいなかったけどね。教育委員会だのPTA役員だの中には、そうした捻くれた手法を取ろうとしていた人がいたらしいのだが、基本部外者扱いのボクが詳しい話を聞くことはなかったのだった。
リアルでの昔話はこれくらいにしておきまして。
「と言う訳だから、逃げられるなんて思わないでね」
そう告げると、男たちは先程までの威勢はどこへやらで、目を泳がせたり互いに顔を合わせたりと、これ見よがしに動揺し始めたのだった。
だからと言って追及の手を抜いてやる気は毛頭ないけどね。
遊びだろうが振りだろうが脅しだろうが、最初に越えてはいけない一線の先に踏み出してきたのはあちらなのだ。
やってしまったこと、口にしてしまったことの責任にはしっかりと取ってもらうつもりだから、覚悟してもらうよ。




