328 ビバ、魔法!
迂闊な言葉を口にしたボクたちも悪かったのだろうが、まさかその危険ワードに反応した公主様たちがいきなり覚醒してハッスルし始めるとは誰が想像できただろうか。
うん。とりあえずボクには無理。
しかしながら、こうなってしまった責任というものは存在している訳で。
ところで少々話は変わるけれど、昔の人は良いことを言いました。
「起きてしまった過去を変えることができないけれど、現在の行いによって未来を望んだものにすることはできる」
と。
まあ、小学校六年の時の担任の先生が言ったことなんだけどね。
ちなみにこれ、卒業式後の最後のホームルームで語ったために、教室内の空気がものすごく微妙なものとなってしまったのは言うまでもない。
だって、聞きようによっては「小学校生活は大失敗だったから、中学以降で頑張れ」と言っているように捉えられてしまうもの。
ボクを含む当時のクラスメイトたち一同は、先生になって初めての六年生を受け持ち、無事に卒業式を迎えたことできっと感情が大暴走してしまったのだろう、と大らかな心で受け止めてあげることにしたのだった。
閑話休題、それはさておき。
その言に従うのであれば、荒ぶった公主様たちの心を落ち着かせるという望んだ未来を掴むためには、今この時において言葉の限りを尽くして説得する必要があるのだろう。
「はいはい。ちょっと頭を冷やしましょうねー。【湧水】」
バシャ!
「ぶわっぷ!?」
という訳で、説得カッコ魔法カッコトジによって半強制的に荒魂を鎮めたのだった。
ビバ、魔法。
「うーん。やっぱり〔生活魔法〕って便利」
「いやいやいやいやいやいや。どこからどう見てもその使い方はおかしいから!」
再度ビバ、魔法!と感心していたところ、この部屋にいた人たち総出で突っ込みが飛んでくる。
「えー……。でも、ちゃんと正気を取り戻せているじゃないですか」
「効果のほどは今しがた身をもって理解したところではあるが、だからこそその方法は最終手段とすべきであろう……」
「でも、余り悠長に説得している暇はなかったですよね」
「………………」
暴走してしまっていた自覚はあるのか、公主様と宰相さんは揃って無言で視線を逸らす。
襟首をつかまれてブンブンと揺さぶられていたミルファは「きゅう……」と可愛い声を出しながら目を回してしまっている。
もっとも、ネイトの柔らかなおみ足に膝枕してもらっていて、その上エルにかいがいしく介抱してもらっているのだから、ある意味地上の楽園にいるとも言えるのかもしれない。
スクショ取っておこうっと。
「まあ、確かに今のは短絡に過ぎたかなと思いますので、ボクの方から先に謝罪します。ごめんなさい」
そんな楽園を横目にこちらはシビアな現実真っ只中です。
ふっ。どこの世界でも時には、自分が悪くなくても謝らなくてはいけないこともあるのですよ。
いや、まあ、今回の場合は明らかにやり過ぎた部分があったから謝るのは当然なんだけどね。どうにもゲームの世界だということで、効率重視というか手っ取り早い方法を選択してしまうことがあるようで……。
これには十分に気を付けておかないと、後々大失態を置こうしてしまうかも。
戸締り用心、火の用心だね。
え?ちょっと違う?あれ?
「……この段階で謝罪を入れてくるか。まったくどれだけ場慣れしていることやら」
まあ、里っちゃんたち生徒会役員の後ろにくっついて回っていたから、それなりに色々な場面には出くわしておりますよ。
正式には部外者だから前に立って直接やり取りするようなことはなかったけれど、そんな甘々な経験でも役に立つものだったね。
「ヴェルよ、それだけだと思っていたのであれば大間違いだぞ。リュカリュカは先んじて謝ることで我々の失態をなかったことにしたのだ。そうすることで我らはまんまと一つ貸しを作られてしまったという訳だ」
え?いや、貸しだとかそこまでは考えていませんでしたよ。
というか、ミルファを気絶させるという大失態をやらかしたのは宰相さんだけだよね?こっそりと公主様たちも加害者に組み込もうとしていない?
「ううむ……。武力を用いずにブラックドラゴン殿を下したその話術は伊達ではないということか……」
「警戒はしていたつもりであったのだが、我らも見事にその術中へとのまれてしまっていたようだな。相手に胸襟を開かせるための気安い付き合い方が裏目に出てしまったか」
商売の世界の厳しさは「生き馬の目を抜く」なんて例えられるほどに過酷なものだ。
自由交易都市の主として海千山千な商売人たちと対峙して、少しでも有利な条件を引き出すための方策の一つが、宰相さんが語った気安い付き合い方だったのだろう。
思い返してみると確かに、公主様だけでなく宰相さんたちも初対面の頃から結構気安げな態度で接してくれていた。
そこにこんな裏が隠されていただなんて……。
きたない!さすが大人きたない!
まあ、知っていたけどね。だって突然現れたどこの馬の骨とも知れない相手ですよ。警戒するのは当然でしょう。
裏の社会の関係者であれば「小娘な外見なんて当てにならず、逆に油断させるための罠かもしれない」くらいは考えたことだろう。
なにせこちらのボクときたら、リアルの優華と里っちゃんの良い所ばかりを寄せ集めた超絶美少女なのだ。
つまりは、ミステリアスな美少女!
怪しまれて問答無用で危険人物認定されなかっただけでも、十分に譲歩してもらっていたと言えるのではないかな。
「惜しいな。これだけの交渉力を持つ人材が目の前にいるというのに、みすみす手放さなくてはならぬとは……」
「叔父上、そこはもうリュカリュカが他国の陣営に取り込まれないことで、手打ちとするより他ないでしょう」
いくらプレイヤーに気持ちよくゲームを楽しませるためとはいえ、公主様たちの会話はちょっとあからさま過ぎるのではないでせうか。
ボク程度では本職の交渉人たちの足元にも及ぶ訳がないでしょうに。
太鼓持ち機能もほどほどにしてもらわないと冷めてしまう。今度運営に苦情として送っておこうかな。
「まあ、よい。これ以上仮定の話を続けたところで不毛なだけであろう」
「ええ。手に入らぬものにばかり気を取られて、既に手の内にあるものをないがしろにすることなど、我らには決して許されない行いですから」
見え難くてついつい忘れがちになってしまうけれど、身近にあるものこそが、本当に大切で大事にしなくちゃいけないものだったりするんだよね。と、綺麗にまとめてみる。




