318 お出かけの許可を貰おう
最終的に『商業組合』には情報を伏せておくという流れとなった。
これは別に彼らのことが信用できないという訳ではなく、むしろ逆に彼らの精神的負担軽減のためだ。
「組合長のシュセンを始め、我が街の『商業組合』の連中は気が小さいものが多いからな。下手に伝えたところで重荷にしかなるまいよ」
あの緊急会議の際にも組合長さんはガッチガチになっていたものね。ボッターさんいわく「どうにも貴族というか権威ってもんに弱いんだよなあ」とのことで。
御用聞きとかあるだろうに、そんなことで大丈夫なのか?とつい心配してしまった記憶があります。
とはいえ、単なる気弱な人が長になれるほど甘いものではなく。
「それでいていざ商売の話になると目の色や食い付きが変わるのだから、どうにも読めないやつであるな」
と宰相さんが評するくらいには御し難いお人であるようだ。
ソイソースの扱い方についても食い付きが良かったし、無秩序だった屋台の再編もきっちりやり遂げてくれたという話なので、商人としても組織の長としても有能であることに間違いはない。
もしかするとあの性格も多少は大袈裟に演じているところが……、いや、なさそうだね。何度も例に出して申し訳ないけれど、あの時の会議では気絶しそうなくらい緊張していたもの。
それこそ見ていて気の毒だったくらいにね。
「できればクンビーラに居る者たちくらいは信用したいものだが、『七神教』はそういう意味でも様子見とするべきか。残る冒険者協会だが、こちらは支部長のデュランに既に一部情報が流れている。よって本人だけでなく戦力になりそうな高等級冒険者たちは積極的に取り込んでいく必要があろう」
「方針としての異論はありませぬが……、果たして冒険者たちがそれに従いますかな?」
「そこはボクたちの方からもお願いしてみるつもりです。おじいちゃんたちから可愛がられている自覚はありますから、少なくとも無視されるようなことはないはずです」
かなりキナ臭くて危険な内容だけど、だからこそ進んで協力を申し出てくれるように思う。
それにしても情報が流出してしまうとクンビーラが不利になってしまうというのは、こうやって人手を集めようとする時には大きな足かせになってしまうものだと痛感する。
もっとも、それでも外部に協力者を求めることができるだけ、七代前の頃に比べればはるかにマシということになるのだろうけれど。
もしもあの時に助けを求める相手がいたならば、『三国戦争』へと繋がる流れにも変化があったのだろうか?
「さて、これで取るべき方針は大方決まったとみて良いか。得られた真実はとてつもなく重いものであったが、幸いにして我らはそれを分散して持つことができる。そして、これからの状況次第とはなるが、さらにその仲間は増えていくかもしれぬ。腐らず、挫けず、悔やまずに前へと進み続けることができれば、きっとこの困難を退けることもできるだろう」
おお、公主様前向きだ!
でも、そのくらいの気概を持っていないと、重責に押しつぶされそうになってしまうのかも。
だけど、これで全ての議題が終わったと考えるのは早計ではないでせうか。
「ボクたち『エッグヘルム』は妄執に捕らわれた死霊たちを退治するため、浮遊島へと辿り着くための新たな方法を探そうと考えています。つきましてはクンビーラにそのバックアップをお願いできないでしょうか?」
伯爵たちも終わったと油断しているだろうところに、強烈な先制の一撃をぶちかましたのだった。
「ふむ。その心意気はクンビーラに属する者として嬉しくもあり、ありがたくもある。だが今の『エッグヘルム』にはミルファシア様がメンバーとして加入していると聞く。最終的な目標こそ決まっているが、実際にどこで何をすればよいのかも分かってはおらぬ。そんな一向に先が見えない旅路にミルファシア様を連れ出すというのはいかがなものか」
しかし、全く焦ったそぶりを見せずに的確な反論が返ってくる。
うーん……。どうやらこちらの出方は読まれていたみたいだ。
しかもバックアップの件はスルーしてしまうことで有耶無耶にするつもりのようだし。
もっとも、これについては一番の問題から眼を逸らさせるためのフェイクに近いものだったので流されたところで痛くもかゆくもなかったりしちゃったりして。
それはさておき、実は今のやり取りでボクは一つ突破口を見出すことができていた。
「ふむふむ。それはつまり行き先の当てさえあれば、ミルファの同行を認めてもらえるということだね!」
ここであえて言葉を崩したのは、対等の交渉相手であることを伯爵たちに印象付けるためだ。
別にことさら誇るつもりはないけれど、ブラックドラゴンの守護竜化を始めとしてボクはクンビーラの危機を何度も救っている。貢献の度合いで言えばトップクラスだということができるだろう。
あちらの方もそれを考慮していたと思わせることが多々あったし、そもそも公主様からしてそのことを認めて感謝すらしている。
よって、今さらまるっと無視してしまうようなことはできない。
結局のところ何が言いたいのかというと、「平民の小娘だからと無理矢理自分たちの意見に従わせるようなことはできませんよ」と宣戦布告した訳ですね。
「それは少々論理の飛躍というものではないか。行き先の当てがあることとミルファシア様が同行することは別の問題として考えるべきであろう」
お、上手く問題点を引き離そうとしてきたね。
でも、それはそれでこちらにとっては好都合というものなのですよ。
「ちっちっち。それは甘すぎる判断というものだね。行くべき先が明らかになったというのに、ミルファが大人しくしていられる訳がないんだよ!」
「ちょ、リュカリュカ!?それはいくら何でも失礼過ぎる評価ですわよ!?」
大人しくしているのも限界となったのか、ボクの言葉に対してミルファが立ち上がって抗議を始める。
が、悲しいかな。
その反応こそが我慢が利かないという主張を補強することになってしまったのだった。
「ミルファの婚約者で一番の理解者であるバルバロイさんはどう思いますか?」
「仮に置いていかれたとして、監視役の隙を見て失踪している未来しか思い浮かばないな……」
「ロイまでそんなことをおっしゃいますの!?」
「それならお嬢。リュカリュカたちが冒険に出ている間、大人しく留守番をしていることができるのか?」
「うっ……!?」
勝負ありだね。
いや、そもそも勝負にすらなっていなかった気もするけど。




