317 巨大組織への対応
ボクたちを登用するつもりはない宣言した公主様からの説明は続く。
「幸いにしてリュカリュカもネイトもこのクンビーラに愛着を感じてくれているようである。そして先の啖呵のように災禍に見舞われようとした時には、それがいかなるものであったとしても共に立ち向かってくれるだろう。ならば我らはより良い施政を行っていくことこそその想いに応える術であると考えている」
「つまり縛り付けることが、従わせようとすることが必ずしも最善の強化へと繋がる訳ではないということですな」
「……甘いと思うか?」
「為政者という括りからすればそう判断されることもありましょう。政という不安定なものを相手にしているためか、それにかかわる者たちは突発的な危険性を何よりも嫌いますからの」
それはきっと政治だけに限られたものではなく、組織を始め運営するという立場であれば誰しもが嫌うものだと思う。
「ですが、だからと言って殿下がそれに縛られてやる必要はありますまい。信頼には信頼で返そうとするその心意気は、きっと正しいものでありましょう」
「それに何より、飛び回ることが役目の鳥たちを意のままにしたいがために羽を切って籠に入れるなど愚の骨頂。有事を共にしてくれるのであれば、自由に翼を鍛えさせてやる方が結果的に良い方へと進むはずですぞ」
わーお。自分たちだけで相互理解を進めているだけなのかと思っていたら、こっそりとこちらの逃げ道も塞ごうとしてきましたよ。
まあ、ミルファがいる時点でクンビーラの難局を見捨てるなんてことはできっこないのだけど。
「わたくしがいなくとも、あなたなら我先に助けに向かってくれると確信しておりますわよ」
ネイト越しに飛んできた言葉には、肩をすくめるだけの対応で返しますですよ。
あの子のことだからきっと自分に都合の良い方へと解釈してくれるんだろうね。ちぇっ。
「ふむふむ。つまりは逃げられるくらいであれば、適度にエサを与えて懐かせておく程度の方が良いということですな」
と、伯爵の一人が総まとめをする。
うん。間違ってはいない。が、身も蓋もない言い方だっていうのも確かだね。居並ぶ面々も苦笑しきりですよ。
もっとも、そうした言い方もボクたちに余計な心労を抱えさせないための配慮なのだろう。誰も彼も面倒で厄介な性格をしているみたいね。萌えないけど。
「改めてリュカリュカたちが信用に足ると理解できたところで話を元に戻すが……、強大な組織が危険だというのは『冒険者協会』に限ってのことか?」
「いいえ。同等の世界的規模の組織である『七神教』も危険だと考えています」
宰相さんの質問に対して答えると、そこここから小さく驚きの声が上がっていた。神様関連の組織に対して不敬な態度だと思われたのかもしれない。
だけど、だからこそ世間への影響力を強めようと考えている人だっていると思うのだ。
加えてここは『転移門』の管理と運営もしている組織なのだよね。
「浮遊島のことを話すのであれば地下遺跡にあった転移装置のことも話さなくてはいけないでしょう。その時あちらがどういう反応をするのか、いまいち読みきれないんですよね。これまでのものとは異なる新技術として受け入れてくれるなら問題ないんですけど、逆に技術を秘匿していたと思われる可能性もあるんです」
『七神教』の戒律はごくごく一般的な社会ルールやマナーに近い緩いものだ。それゆえに潜在的な信者は多いと言える。
そんなところからもしも背信的な敵対勢力として認識されてしまったら、これまで歴代のクンビーラ関係者が築き上げてきた自由交易都市としての信用が一瞬にして瓦解してしまいかねない。
「あちらには『破門』という最終兵器がありますから、できることなら深い関わりを持たない方がいい気がするんです」
「ふうむ……。我々は『七神教』を神々のための組織だと捉えておったのだが、リュカリュカは人による組織だと考えているのだな」
いえす。宰相さん当たりです。
そしていかに不信心なボクでも、さすがに人のための組織だとまでは考えてはいません。ただ、人によって管理や運営されていることに危険が潜んでいるのではないかと思ったのだった。
ちなみにこれ、エルを含めて仲間たちには既に説明ずみだ。特にネイトは『七神教』の神官さんから魔法を教わっている。そのため神々を敬う気持ちと同様に潜在的には強く『七神教』という組織を敬っているかもしれないのだ。
この予想は大方に置いて当たっていて、ボクが抱いている危惧を伝えた時には一応納得してくれたものの、彼女からは考え過ぎではないかという言葉を頂くことになったのだった。
はてさて、今回はどうなるのかな?
「『七神教』もまた人による組織だと言うか……。聞きようによっては不遜だと取られるかもしれぬな」
「しかし、言われてみればその通りではないか。原初には神々の言葉や導きがあったのかもしれぬが、それを今の世に伝え続けているのは人に相違ないであろうからな」
おや?微妙に納得してくれているっぽい?
「それを踏まえて考えてみれば、なるほど『破門』が最終兵器というリュカリュカの言い分にも頷けるものがある。よほど聡くもない限り、『破門』された者は『七神教』ではなく神々に弓を引いたのだと考えてしまうだろうからな」
後、言い方は悪いけれど信仰心が薄い人か、反対に自分の心の中に強く神々を住まわせている人のどちらかでなければ、そういう考えには至れないように思う。
ボクは明らかに前者な訳だけど、公主様を始めクンビーラ貴族の人たちはどちらなのだろうかね?
まあ、これは当人の心の持ちようだったり人生経験だったりに大いに影響されるので、詳しく聞き出すつもりはないのだけれど。
いずれにしても『七神教』もまた、その組織全体に頼ることは危険だという共通認識を築くことができたのは有意義なことだった。
「残る規模の大きな組織となると……、『商業組合』だな。これについてはどう思う?」
「あそこは各都市や国ごとに独立意識が高いと聞いています。情報交換も安全性に関する最低限のことばかりだと言いますし、文字通りお互いを商売敵として見ているんだと思います。なので『商業組合』が結託して追い落としに来るという可能性は低いんじゃないでしょうか」
特にクンビーラは商人たちに大きな裁量権を与えているからね。
多少の用心は必要だろうけれど、基本的にはこれまでと同じ付き合い方をしていれば妨害されるようなことはないと思う。




