316 『冒険者協会』に対する不安
「む?なぜ『冒険者協会』を味方につけることに反対なのだ?そなたもまたその構成員であろうに」
と疑問を口にする伯爵たちの中のお一人。
冒険者と協会職員は厳密に言うと異なる立場なのだけど、外部から見れば同じ括りの中にいるとしか思えないようだ。
文官であろうと武官であろうと、知らない人から見れば同じお城勤めに見えるということと似たようなものなのかもしれない。
「こう言っては何だが、我らはリュカリュカ、殿が身内を仲間に引き入れるために先の発言を行ったのだと思っていたのだ。……ああ、勘違いして欲しくないのだが、そのこと自体を責めるつもりはない。採用などで同じ力量を持つ者が複数いる際の決め手となるのは「どのような人物なのか」だ。そうなればあらかじめ見知った者が有利となるのは当然のことだろう」
その後で、「よほどの悪評を抱えていればその限りではないがな」ニヤリと笑って付け加えたのは別の伯爵さんだ。
そんな彼らの様子から、どうやらあちらから歩み寄ってくれようとしているのだということを感じる。まあ同時に、ボクやネイトのことを見極めようともしているようではあるけれど。
「理由は『冒険者協会』という組織が巨大だからです。あ、それとボクに敬称は不要です。言葉遣いも普段通りで構いませんよ。……腹を割って話すのならそっちの方がいいでしょう?」
困惑する伯爵たちを後押しするため公主様たちの方へと視線を向けると、こちらの意図を理解してくれたのか鷹揚に頷くことで賛意を示してくれる。
「……分かった。ではそうさせてもらうとしよう」
「それで、なぜ組織が巨大であることを理由に尻込みをする?我らが敵対しなければならないのは大陸統一国家時代の死霊どもなのだぞ」
「敵が強大なのは百も承知ですよ。だからこそ味方に迎え入れるのは信頼し合える相手だけに限るべきです。対して『冒険者協会』そのものとなると規模が大き過ぎます。巨大な組織というのは大勢の人員を抱えていることと同義なんです。その中には当然良からぬことを考える人やクンビーラに不利益をもたらそうとする人がいると考えておかなくてはいけないでしょう」
例えば、隣の都市国家であるヴァジュラの冒険者協会などは闘技場のすぐ近くに建物があり、その関係性の深さが一目で理解できてしまった。そしてその闘技場を取り仕切っている『闘技場主』はあの『毒蝮』を送り込んできた黒幕だ。
もしも『冒険者協会』全てと手を組むことになるのであれば、そういった明らかに危険だと思われる連中すら取り込まなくてはいけないということになるのだ。
「『冒険者協会』が抱える戦力は絶大でしょう。なにせ世界規模の組織ですからね。浮遊島の死霊たちとの決戦となった時にはこれほど頼りになるものはないのかもしれません。ですが一方でその戦力を背景にして、逆にこちらに服従を強いてくる可能性もあると考えられるんです。最悪の場合、七代前のことを世間に悪し様に流言されてしまい、それを理由にクンビーラは最前線の砦として都合よく利用されてしまうかもしれない」
ブラックドラゴンの守護竜化もあって、クンビーラを危険視している国や組織も多いはずだ。
機会があるなら勢力を削ごうと画策する連中がいてもおかしくはない。
「……確かに我らにとってクンビーラの平穏と未来は、何物にも代えがたい最優先で守らなければいけないものだ。だが、事はそれだけでは終わらんのだぞ。例えクンビーラを守りきれたとしてもその時に世界が崩壊してしまっていては意味がなかろう」
「もちろんその見極めは大切だと思います。だけど、世界を守るためにクンビーラに犠牲になれというのは無責任な第三者の発想でしかない。そんな身勝手な意見のために、ボクの大切なものをくれてなんてやらない!」
そうボクが言い切ると、伯爵たちは目を丸くした後でニカッと相好を崩したのだった。
「はっはっは!もしも無体なことを押し付けてくるのであれば、例え世界規模の組織であっても堂々と敵対してみせるというのか!」
「この場でそのように愉快な啖呵を聞くことができるとはの」
「うむ。そして同時に機知に富んだ娘でもあったのだな。幸運にもミルファシア様を始め公主家の方々と既知となったことで図に乗っているようであれば掣肘してやろうかと思っておったが、我らの見当違いであったという訳だ」
おおう!?立場的に時にはそういうことも必要なのだろうとは思っていたけれど、まさか本当にそんな物騒なことを考えておられたとは!
「くくく。どうだ。我らの見る目もまんざらではないだろう」
してやったりという顔で伯爵たちを見ている公主様。
そんな彼の様子に宰相さんは苦笑いです。
「全く自分たちの不明を恥じるばかりですな」
「殿下も閣下も良い人材を見つけられました」
あらら?なんだか話が妙な方向に転がり始めているような気がするのですが?
「うむ。そなたたちにも理解してもらえたようで何よりだ。だが、我は別に彼女たちを登用させようとは考えてはいないのだ」
良かった。このままお城勤め直行となったらどうしようかと焦ってしまったよ。
「なんですと!?つい先ほどまで試すようなことをしていた我らが言うのもおかしな話ですが、リュカリュカはまさしく逸材ですぞ?」
うひい。いきなり持ち上げられると背中がかゆくなっちゃいますよ。
「そなたたちの言い分も分かる。リュカリュカほどの頭脳と胆力のある者はそうはいまい。ましてやそこにネイトや彼女のテイムモンスターたちも加わるのだからな」
「ネイト、とはそちらのセリアンスロープの娘のことでしたな。確かミルファシア様の危機を救ってくれたことが縁となったのだとか」
いきなり話題が自分に向いたことで目を白黒させ始めるネイトさんです。
ちなみにこれが貴族を前にした時の一般的な平民の反応となるらしい。
「そうだ。助けを呼ぶ声を聞き届け、見も知らない相手を救うなど並大抵のものではできぬ行いだ。本心で言えば二人とも野に放っておくのは惜しいと思っておるよ」
公主妃様ともども公主様は随分と丁寧にネイトに感謝の言葉を伝えていたものね。
それでもなおボクたちの自由な立場でいたいという願望を聞き入れてくれているのだからありがたいことだと思う。
……過大気味な評価には照れるけどね!




