314 異なる反応
「話には聞いていたとはいえ、実に驚くべき内容の数々だったな……」
十数分後、一通り読み終えたのだろう公主様たちが席へと戻ってくるなり大きくため息を吐いた。あれだけの情報量だ。受け止めるだけでも相当の労力を必要としてしまうのだろう。
加えてその内容が内容だから、気の小さい人であれば胃が痛くなってしまうのではないだろうか。
そういう意味では冒険者協会のデュラン支部長なら引き込んだとしても問題がなさそうなので安心だ。
ボクへの指名依頼という形をとっていた上に、砦跡の情報を提供してもらっていたため、少なくとも彼にはある程度結果を知らせておかないといけないと思うからだ。
「特に七代前の行動が『三国戦争』のきっかけの一つとなったかもしれないということは、秘中の秘としてこの場にいる者たちの胸の内だけに隠し通すべきであろうな」
これは仕方のないこと、というか当然の対応だろう。
戦争が終わってからまだ百年と少ししか過ぎていない。当事者は少なくなっているだろうが、まだまだ身内に降りかかった災禍として記憶している人は多いはずだ。
公開すれば感傷的な対応を取ってしまう人も少なくないだろうし、新たな火種となってしまう可能性も高い。
お隣のヴァジュラの有力者である『闘技場主』のように悪意を持って利用しようとするだろう連中が居る限り、やたらと今回得た情報を流布させるのは確実に悪手となるはずだ。
「しかし殿下、大陸統一国家時代の遺物となると、我らだけの手には負えぬのではありませぬか?」
「確かに。七代前の御方やミルファシア様方の機転によって、今この瞬間に押し寄せて来ることはないという話ですが、その期間とて有限でありましょう。彼の時代の優れた技術や知識を持つ死霊たちを相手に戦いを挑むというのは、無謀と言われても仕方がないのでは?」
チラチラとこちらを伺いながら不安を口にする伯爵たち。その動作こそ褒められた態度ではなかったけれど、その目からはボクたち、とりわけミルファの身を案じていることが感じ取れた。
ハインツ様が生まれてすくすくと成長していることで完全に傍流となったとはいえ、ミルファは現公主様の従姉妹に当たる。彼らからすれば主家筋の姫であることに変わりはないのだろう。
まあ、この辺りの感情については、彼女が幼い頃から騎士団に出入りしていたことなども関係しているのではないかな。
しかしそうなると、死霊たちへの対策を取ることや浮遊島へ行くための方法を探すこと等には理解を示してくれていたが、それにミルファが出向くことには反対という立場をとるつもりなのかもしれない。
「そなたたちの心配も良く分かる。精鋭を率いていたはずの先祖が逃げの一手しか選択できなかったのだから、死霊たちの強さは想像を絶するものであるのだろう。だが、先の件のこともある。事情を打ち明け、さらには仲間として引き込む相手となると、慎重に慎重を重ねてよくよく吟味する必要があると言える」
伯爵たちから決定的な言葉が飛び出してくるより前に引き取り、絶妙に話題の方向転換を行う宰相さん。
さすがは実務の長として長年クンビーラの舵を取ってきただけのことはある。
ふみゅ。どうせなら今の内にボクたちの後押しをしてくれるだろう人材をねじ込めるように、一手を打っておくのもアリかもしれない。
「その相手について当てがあるんですけど」
ピコっと手を挙げながら言うと、公主様と宰相さんは平常通りの、コムステア侯爵は面白そうな、そして伯爵たちはと言うと、怒っているのか訝しんでいるのか何とも言えない微妙な表情となった。
地下遺跡の報告がすんだことでボクの役割は終了したと考えていたのだろうね。
加えて言えば貴族同士の話し合いが行われている最中に平民が割り込んでくるという、彼らの常識としてはあり得ないことが起きたためにそんな中途半端な顔つきになってしまったのだと思われます。
だけど身分制が公然とある世の中なのだから、本当はこちらの方が普通で一般的な反応なのだろう。いや、まだまだこれでも大目に見てくれていると考えておくべきなのかな。
だって、さっきから「正気ですか!?」と叫びそうになっているネイトのお顔が視界の端に映っていたもの。
ガチガチの身分権威主義者な貴族であれば、無礼打ちされてもおかしくない行動だったのかもしれない。
そう思えば、やっぱりクンビーラの現公主一族の思考や態度というのは異常なのだろうね。
自由交易都市として街を発展させるために平民、商人たちを重用してきたという経緯があったとしても、突き抜けていると称するべきな気がする……。
ちなみに、顔付きだけで言えばバルバロイさんは伯爵たち寄りだ。ただし、彼の場合は単に何を言い出すのか予測がついていないというだけのことだろう。
ボクなんて麗しの従姉妹様に比べれば分かりやすい思考形態だと思うのだけれどね。あの子の場合本気の交渉になると、相手の二手や三手先どころか五手から六手くらいまでは軽々と読みきって、その上で自分が最大限有利になるようにさらっと違和感なく持ち込んでいくから……。
早々に彼女の能力の高さに気が付いて、基本共闘路線で事を進めることを決定した中学時代の先生たちは英断だったと思うよ。
それでも小娘と侮って気返り討ちにされた大人は、両手の指では足りないほどだったらしいけれど。
里っちゃんいわく「疲労感が半端ないから、滅多なことではやりたくないよ」ということらしいが、そんなことができる時点で十分にとんでもないことになっていると言いたいです。
それはともかく、きちんとミルファを御せるようになるためにも、バルバロイさんにはこれからも頑張って精進してもらいたいものだ。
「リュカリュカよ、その当てというのは誰のことだ?」
「冒険者協会クンビーラ支部の人たちです。少なくとも支部長のデュランさんや現在街に滞在している高等級冒険者たち数名は、戦力、経験、知識そして人格的にも協力者として引き込むに値する人材だと思います。それと……、実は支部長のデュランさんには指名依頼を受けた際に砦跡の情報を提供してもらっています。ですから既に半分ほどはこちら側の人間だと言えると思うんですよね」
さて、これにはどんな反応が返ってくるのかな?




