311 そろそろ帰ろう
様々な驚きの事実に翻弄されたストレスを発散させたためか、転移の魔法装置は跡形もなく破壊されていた。
前回の破壊の程度がどのくらいだったのか分からないのではっきりとした事は言えないけれど、少なくとも数年程度で修復できる状況ではないと思われます。
ただ、立体映像に隠されていた魔法陣が描かれた小部屋自体が瓦礫の山と化してしまっていたのを見て、正直やり過ぎたかなと思ってみたりなんかして……。
「ふう、すっきりした」
そんな気持ちを払拭するために、あえて明るく振る舞いますですよ。
みんなも同じ心境だったのか、笑顔を浮かべながらもさりげなく明後日の方を向いたり、微妙に硬い表情になったりしている。
この辺のことは次回以降――あるのかな?――の教訓にするとしましょう。
「さてと、そろそろ撤収するとして。何か忘れちゃいけないものはあるかな?」
ここは冒険者としても探索者としても経験豊富なエルに確認をとる。
「そうやな……。もしもうちらの他に誰かがこの場所にまでやって来た時のために、石板は持ち帰っとく方がええやろうな」
どこの誰とも分からない人に、彼の存在を知らせるべきじゃないということだね。
「地理的に見てクンビーラの関与を疑うことは間違いないやろうけど、わざわざそれ以上の情報をくれてやる必要もないやろ」
「あ、やっぱりクンビーラとの関係を疑っちゃうかな?」
「こんだけ街から近い場所にあるし、『三国戦争』の時には砦を築いとったんやろ?はっきり言うて疑わん方がどうかしとるレベルやわ」
ですよねー……。そんな間が抜けている人ばかりなら楽なのだけど、そもそもそんな人にこの地下遺跡を見つけることはできない気もする。
「それではいっその事、この場所に騎士団か衛兵部隊を派遣しても良いかもしれませんわね」
ゆくゆくは訓練施設という名の、地下遺跡の監視場所にでもするつもりかな。
「それはじっくりと情勢を見極めてからの方がええやろうな。焦って手を出して周りの国にいらん刺激を与えてしもうたら、最悪百年前の繰り返しになるで」
わざと低音でのエルの忠告に、ゾクリと体が震える。
確かにこちらの思い描いた通りに相手が考えたり行動したりするという保証はどこにもない。極端な話、自分たちが許容できる最悪を絶対に下回らないと確信できない限りは、表に出さない方が良いのではないかと思う。
「しかし、完全に放置しておくというのも不安が残るのではありませんか?」
「せやなあ……。そしたら各町や村との連携や連帯を密にするっちゅうお題目を隠れ蓑にするんはどうやろうか?」
「騎士さんや衛兵さんたちが行き来する頻度を上げて、その途中にこの場所の監視もしてもらうってことかな?」
「その通りや。……けど、今の説明だけでよう分かったな」
「リュカリュカは時々、異様に鋭くなりますわよね」
うん。とりあえずミルファがボクに喧嘩を売っているということはしっかり理解したよ。
言い値で買ってあげるから表に出ようか。
「って、そう言えば!」
「今度はどうしました?」
「ボクのハルバード、ドラゴンタイプを倒した時に壊れちゃったんだった……」
残った柄の部分まで止めとして突き入れちゃったから、一欠片も手元には残らなかったのだ。いくら練習用に作ったものだとはいえ、製作した鍛冶師のプレイヤーさんには悪いことをしてしまったなあ。
「それなら急いで戻って、代わりの武器を見繕いませんと」
「え?そこまで慌てなくても大丈夫――」
「あかんで。新しい武器は手に馴染むまで時間が掛かることもある。情報の集まり次第にはなるやろうけど、もしかしたらすぐにでも長旅に出る羽目になるかもしれんのやから、一刻も早う探しといたほうがええ」
う……、それはまあ、確かにその通りなのかも。
道具というのは基本的に手を掛けてやればそれに応えてくれるものだけど、逆に言えばその手間暇を惜しんでしまうと、それなりにしか働いてくれなかったりするのだ。
この点はリアルでも『OAW』でも同じで、やはりしっかりと使い込んで特徴を把握しておいた物の方が、より限界までそのポテンシャルを発揮することができるのだった。
ふと、中学時代の記憶が蘇ってくる。
ボクたちが通っていた中学の生徒会は校庭で長時間行われる学校行事の時はいつも、良く言えば使い込まれた、悪く言えば古びたテントを使用していた。これは里っちゃんたちだけでなく代々そうであったらしい。
一方の生徒たちはと言うと、これはもう当然のように新しいものや綺麗な、要するにあまり使用されていないものを選ぶ傾向にあった。
もう、お分かりだよね。里っちゃんたち生徒会で使用している物は何度も組み立てと解体を繰り返しているので、金具などの動きも滑らかになっていて、さらには布なども適切な形に変形していたのだ。
そこに行事の度に設営を行ってきた経験が組み合わさるということもあって、生徒会役員の人たちは毎度あっさりと準備と片付けを行っていたのだ。
この裏話を聞かされた際にボクが発することになった「ズルい!」という叫び声は、生徒会室どころか同じ棟内の隅にある視聴覚室にまで響いたらしい。
ええ、ええ。後で先生たちからこってりと絞られましたとも。
何やら余計な記憶まで引っ張り出してしまったけれど、要するに道具とは使ってなんぼということなのです。それは武器であっても変わらない。
特に自分自身の身体を動かす――厳密に言えば違うのだろうけれどね――ことになるVRでは、その傾向が強いと言えるだろう。
「いずれにしてももう用件も済んだのですし、そろそろここから出ませんこと。今からであれば、暗くなるよりも前にクンビーラに帰ることができるのではないかしら」
そういえば、クンビーラだけじゃなくこの世界の街や村の大半は夜になると門が締まってしまうのだった!
「これだけ頭と体を使ったのですから、できればベッドでゆっくり休みたいところです」
「同感や。ちゅう訳やからリュカリュカ、さっさとその石板をアイテムボックスに仕舞うてや」
「え?なんでボク?」
「なんでって、宰相様からこの依頼を受けたのはリュカリュカやろ。そんなら本人が持ち帰るんが筋やと思うで」
そういえば、指名依頼を受けた時には、ミルファはまだ冒険者になっていなかったのだっけ。
ネイトにも出会う前だし、エルに関しても言わずもがなだ。
短い期間に色々なことがあったものだと、つい感慨深くなってしまった。




