309 隠されていた理由
浮遊島の死霊たちが再び大陸を支配しようとしている、というこれまでのビックリ情報に勝るとも劣らない報告を目にしたことで動揺するボクたちだったが、石板の文面はまだまだ続いていた。
『そして二つ目の理由であるが……、ある意味これこそが我が背負うことになった最も重い罪と言えるのかもしれない。一つ目が空の上の死霊たちに起因するものであるとすれば、こちらは地上のアンクゥワー大陸に住む者たち、とりわけ権力の座に就く者たちに起因するものであると言えるだろう』
権力の座に就く?……まさか、他所にバレてしまったの!?
残念ながらボクのこの予感は的中していた。どうやら隣国――ヴァジュラではなく『三国戦争』の際に滅ぼされてしまった別の都市国家らしい――に、この地下遺跡へと兵隊さんや学者さんたちを送っていることを察知されてしまったようなのだ。
『幸いにも、この地に砦か練兵施設といった戦力の拡大を目論んでいると思われたようである』
「いやいやいや。それでも十分に大事やからな!戦争の準備をしとると思われてしもうてたんやったら、一触即発の緊急事態やで!」
「かつてない規模の問題に直面してしまったことで、ご先祖様の危機への感覚がすっかり狂ってしまっていたようですわね……」
うん。とりあえずシャレにならない状況だったということはよく分かったよ。
『それでも近い内に真実が露見してしまうことになるはずだ。大軍を動かさなかっただけマシではあるが、クンビーラ公主自らが精鋭を引き連れて動いた事件として、あの時のことは他の都市国家や三国にも知られてしまうことになるだろう。もちろん我らもでき得る限り隠し通すつもりではあるが、こうした秘密はどこからともなく広まっていくのが世の常であるからだ』
おかしいな。罪だと言っていた割に、ここにきてまるで他人事のような記載の仕方になっている。
今さら心境の変化があるとは考え難いし、どうしたというのだろう。
『恐らく、各国へと伝わる真実は一部のみとなることだろう。死霊のこと等は一切伏せられ、「大陸統一国家の遺産が発見された」程度の噂となるはずであう。だが、例えそのようなあやふやなものだとしても、我自身が動いたという事実がそれを後押ししてしまう。結果として、遠からずのうちにこの地はかつてないほどの戦禍に見舞われてしまうことだろう』
「まさか、これって……」
「さ、『三国戦争』のこと、ですの?」
それだけを口にするのがやっとで、言葉をなくしてしまうボクたち。
それはそうだろう。大陸全ての国を巻き込み、『風卿エリア』の大半を戦場とした歴史上他に類をみないほど大きな戦争の原因を知ることになってしまったのだから。
特にミルファなんて直系の御先祖様が関わっているというのだから、その衝撃の大きさはとてつもないものになっていると思われる。
でもこれで、どうしてあのような書き方になっていたのか合点がいった。
物凄く簡潔かつ端的に言ってしまうと、そうせざるを得なかったのだ。多分、自らの罪として正面からまともに向かい合うには、この事実は大き過ぎたのだ。
それこそ下手をすれば良心の呵責に耐えられなくなり、自ら命を絶ってしまいたくなるくらいに。
自分たちがしでかしたことがきっかけとなって、数えきれないほど多くの人が戦争に巻き込まれてしまう。想像するだけでも恐ろしいことが近い将来必ず現実のものとなる。
しかもどんなに抗おうとしても止めることはできないなんて、どれほどの絶望感だろうか。
しかし、だからこそ淡々と書き綴ったのだ。他の誰が忘れてしまおうとも、自分だけはしっかりと覚えておくために。
そしてこの場所を訪れた人たちが、自分たちと同じ轍を踏んでしまわないように。
「ミルファ、胸を張って」
「え?」
こちらを向いた彼女の目には涙が一杯に溜まっていた。
この子も自分に厳しいからね。きっと彼の子孫である自分には泣く資格なんてないと思い込んでしまったのだろう。
「確かにミルファの御先祖様は大失態をやらかしたのかもしれない。後から考えればもっと上手なやり方だってあったのかもね。でもさ、それを誤魔化そうともしなければ、なかったことにしようともしていない。自分たちの罪をちゃんと受け入れていた。これは誰にだってできるような事じゃないよ」
事の大小にかかわらず、責任逃れなんていくらでも横行している。それこそニュースを見ていれば毎日のように目にすることができるだろうし、一定の年齢以上であるならば身に覚えがあるという人がほとんどじゃないかな。
かくいうボクだって、ちょっとした出来心的なものから一生思い出したくもない黒歴史的なものまで抱えていたりするのだ。
「ですが……、それではなぜこの石板以外に何も残そうとしませんでしたの?」
「それは多分、子孫に余計な罪の意識を抱いて欲しくなかったからだと思います」
「せやな。現に今、ミル嬢もかなり大きい罪悪感を抱えることになっとるしな」
そう言うエルの瞳は彼女を心配して不安げに揺れ動いていた。
それはうちの子たちも同様で、特にミルファと仲の良いエッ君などはどうすれば元気づけることができるのか分からずにオロオロと周囲をうろつき回っていたほどだ。
「ええ。石板に書いてあることから察するに、あの方も野心こそあれど性格的には潔癖のきらいがあったように思えます。自分の失敗が元で子孫が苦しみ悔いることになったり、誰かから石を投げられたりするようなことになるなど、到底我慢がいくものではなかったのではないでしょうか」
ボクの読みもほぼほぼネイトと似通っていた。
付け加えるならば、情報をことごとくシャットアウトすることによって、戦争が発生するまでの期間を延ばそうとする狙いがあったように思う。
当然その間にも火消し作業は続けられていただろうし、間違いなく石板に書かれてあった通り「できる限り」のことをしていたはずだ。
「それとね、きっかけになったことは間違いなくても、それだけで大国までもが動くなんてことはあり得ないと思う。きっと、その裏でそれぞれの目的があったはずなんだ」
名家であった『風卿』の血を取り入れるためだとか、肥沃な地を領土として奪うためだとか、恐らくはいくつもの理由が複合的に重なり合っていたのだろう。




