307 それを捨てるなんてとんでもない!
幸運に恵まれた面も多々ありつつ、首尾よく立体映像の内側へと続く入り口を発見したボクたち。開いたそこから見えたのは床だけでなく壁にまで広がる複雑怪奇な文様だった。
そしてここで重要な問題が一つお目見えすることになった。
この魔法陣らしき文様が転移装置なのかどうか、さらに起動しているのか否かということさえ、ボクたちの誰一人として判別がつかなかったのだ。
しかし、いつまでも呆然と突っ立っているだけでは問題は解決しない。
分からないことだらけだったが、ともかく調査を開始することにしたのだった。
「ですが、本当に転移装置が稼働してしまって、死霊たちの本拠地である浮遊島に飛ばされでもしたら大事ですよ」
せっかく死霊の軍団とのご対面を回避できたというのに、わざわざこちらから会いに行くつもりなんて毛頭ないです。
「それに一度盛大にぶち壊されとるっちゅう点も気にかかるで。ここの自己修復機能がどんだけ優秀かは知らんけど、もし少しでも不備があったら転移先がズレてしもうとるかもしれん」
「それってつまり地面に向かって真っ逆さまってこと?」
ボクの問い掛けにエルは神妙な顔で頷いた。
「……冗談でも試しに飛び込んでみるという手段は取れないね」
もしもリアルであればスカイダイビング愛好家の人たちに大人気の施設となりそうだ。が、それだってしっかりとした装備があって初めて成り立つものだろう。
何もないお空の上に転移させられていきなり地上にダイヴ!だなんて、凶悪過ぎる罠もいいところだもの。
それにしてもこれはちょっとばかり困った事態だ。
立ち入ることができないのでは碌な調査もできはしないじゃないの。
「まずはこの魔法陣っぽいものが転移装置だと仮定して、復活しちゃっているのかどうかを確かめることから始めないと何もできそうにないね」
すっかり転移装置であることを前提に会話を行っていたけれど、実は別の装置だったという可能性も全くない訳ではないのだ。
まあ、石板に書かれていたこと等の状況証拠から転移装置ではない、などというオチはまずもってあり得ないだろうけれど。
さて、転移装置が作動しているのかを調べる一番手っ取り早い方法はというと、実際に何かを放り込んでみることだろう。
「何か都合の良さそうなものはあるかなー……」
さっそくアイテムボックスを出現させて、中を物色していく。が、使い捨てても良さそうなものと言えば地上でドラゴン風ガーディアンゴーレムと戦う前に遭遇した、ブレードラビットの毛皮かロンリーコヨーテの毛皮もしくは爪くらいなものだった。
「悩んでいたところで妙案が浮かぶわけでもないし、とりあえず試してみようか」
ということで見逃すことはないだろう大きさで、さらに掴みやすかったブレードラビットの毛皮を放り込んでみたところ……。
「何も起きませんわね」
「でも、さすがにこれだけで動いていないと判断するのは早計っていうものだよね」
ボクの言葉に仲間たちは全員首を縦に振る。
「生き物に近いっちゅうことで、ブレードラビットの肉で試してみるんはどう?」
「それはダメ!」
「それはダメですわ!」
「それはいけません!」
エルの提案にボクとミルファとネイトは即座に反対していた。
「な、なんや、えらい団結力やんか?」
その即答ぶりに引き気味になっているエルフさんです。
「ブレードラビットの肉は『猟犬のあくび亭』の料理長にお願いして、ミートパイにしてもらわないとなりませんの!」
「ええ。あれは絶品ですからね。もう、毎日食べたいくらいです……」
ネイトさんが恋する乙女の表情になっておられる!
さすがは――種族的に――肉食系女子!
会話の内容が聞こえないくらい遠くから眺めていたとしたら、きっとコイバナで盛り上がっていると思われただろうね。
それくらい彼女の顔は艶やかに上気していたのだった。
「という訳だから、お肉を使うのは諦めて。機会があればエルも食べてみるといいよ。うどんが流行る以前のあの店の看板料理で一番人気の品だったそうだから味の方は保証するよ」
「さよか……。まあ、ネイやんがあそこまで惚れ込むんやから万が一にも外れはないか」
材料が材料なだけあって、確実に食べるためには持ち込みが前提になっているのが惜しいところだ。でも、そうした希少性があの料理の価値をもう一つ上のランクにまで押し上げているのかもしれない。
……これ以上この話題を続けているとお腹が減ってきそうなので、本題に戻るとしようか。
「やっぱりというべきなのか、当然のようにロンリーコヨーテの毛皮も爪も転移しなかったね」
それ以前に何の反応も起こらなかったという方が適切かな。
さて、あとアイテムボックスの中に残っている物でこうした実験に使用できそうなのはとなると……。
「あ、これがあった」
取り出したりまするはドラゴンタイプがいた部屋の鍵を開けるために使用した小さな『緋晶玉』、その余りだった。
「魔力を内包しとるっちゅうことでは生き物と同じやから、そこに転がっとる爪や毛皮よりは正確な反応が期待できるかもしれんな」
それなら十分に試してみる価値はありそうだ。さっそくとばかりに魔法陣が広がる小部屋の中へと投げ込んでみる。
「光った!?」
すると何と『緋晶玉』が落ちた付近の文様が薄ぼんやりと光り始めたではないか。
「あ、消えちゃった……」
この通り呆気なく元通りになってしまったけれど。
一体何が原因でこんなことが起きたのだろうか?
「毛皮や爪との違いというと……、あ!もしかして「魔力を内包している」ってやつが関係しているのかな!?」
そういえばエルの〔鑑定〕技能なら『緋晶玉』の中に魔力が残っているのかを調べることができたはず――、って、ああああああ!?
「そうだよ!〔鑑定〕技能を使えば良かったじゃない!」
ついさっき〔警戒〕技能のことで反省したばかりだったというのに……。
どうにもリアルでの常識に引っ張られがちになってしまっているのか、『OAW』特有のことについては忘れがちになっているなあ。
単に鳥頭になっているのではない、はず……。
自分のもの忘れの酷さに愕然としながらも〔鑑定〕技能を使用です。
しかし結果は無情なもので、相も変わらず『緋晶玉』についてはその名称のみ、魔法陣など『用途不明の魔法装置』としか表示されなかったのだった。




