305 隠された場所を探せ
転移装置のある場所の心当たり、それはこの部屋の中で唯一探索を行っていない場所に他ならなかった。
その場所とは、虚像の大男こと立体映像の中だ。
「まさか、そんなものがあなたの当てだとおっしゃいますの?」
正面に立ってそれを見上げているボクに向ける仲間たちのお顔は不審げだ。まあ、立体映像なんて始めて見る……、のはボクも同じだっけ。
それでも一応概念っぽいものは知っているボクとは違って、彼女たちはこれが一体どういうものであるのかすら分かっていない可能性が高い。その中に何かが隠されているかもしれないどころか、その内側へと入れるかもしれないと考えたことすらないと思う。
この部屋の探索を始めた頃から気に掛かっていた場所ではあったけれど、今では確信に近い気持ちを持つようになっていた。
その一番の根拠が、石板に書かれた『虚像の大男』という言い回しだった。虚像、つまりあのお喋りな大男は空間に投影された映像のようなものであり、実体は存在していないとミルファの御先祖様は知っていたようなのだ。
「空中に描かれた絵、みたいなものかな」
しかし、いざ説明するとなると上手い言葉が出てこないもので。
ボクの出した例えに一同揃って首をひねることになったのだった。
「あー、仕組みや原理はともかくとして、この中に隠された空間があるのかもしれないと思ってくれていれば良いよ」
結局、今最も重要になるだろう点だけを納得してもらうことにしたのだった。
ふっ……。どだい自分がしっかりと理解していないことを、他人に分かるように説明することなどできはしないのですよ……。
などと思わずやさぐれたい気持ちになったが、そんな暇はなかったと気を引き締め直す。
この裏側にあるだろう転移装置の状況によっては、狭い空間が死霊たちでびっしり埋まっているということだってあり得るのだ。
う……。想像しただけで気分が悪くなりそう……。
あ、そうだよ。こんな時のための技能ではないですか!
どうにもミルファたちとパーティーを組むようになって以降、こうしたゲームらしい部分をど忘れしてしまう傾向にあるね。
うん?それよりも前からもそうだったって?
ぬぐぐ……。ひ、否定できぬ……。
という訳で〔警戒〕技能の発動です。
んー……、特にそれらしい反応はなし?
おんやあ?それ以前に一番重要な立体映像の内側が表示されていないですぞ?
この〔警戒〕技能のような範囲型のものは、同一フロアとして設定されている場所にのみ効果を及ぼすようになっているそうだ。
ちなみに、その範囲は使用者の熟練度に応じて変化します。なのでフィールドのような場所だと、高熟練者になれば数キロもの範囲に効果を及ぼすことができるようになるのだ。
対して建造物の中などは、一見すると同じ階層内であっても細かくフロアが小分けにされていることも多い。ボスのいる部屋などが代表的で分かりやすい例じゃないかな。
ダンジョンなどの攻略をしようとした時に、最初からボスのいる場所が分かってしまっては興ざめになってしまうと思うのだ。
まあ、この辺りの感じ方は人それぞれなので、一口に言い辛いところはあるけれどね。
それはさておき、今回の場合もそう言った事例に当てはまると考えられる。実は中には土や石がみっちりと詰まっていて空間自体が存在していない、などという裏をかかれた展開にはなっていないはず!
意を決して立体映像のお腹付近へと手を伸ばす。
と、抵抗らしい抵抗もなければ反発らしい反発もなく、手首の辺りまでするすると中へと埋まっていったのだった。
「ひうっ!?」
誰かが発した小さな悲鳴が聞こえる。
しまった。見ようによってはかなりショッキングな映像だわ、これ。
だけど、今さら腕を引き抜いたところで不気味なことには変わりはない。どういって落ち着かせたものかと思案していると、ふいになかなかに良さそうな案が閃いた。
「大丈夫だよ。これは言ってみれば水面に映った景色や像と同じなの」
さらに可憐なリュカリュカちゃんの笑顔を追加で大盤振舞してやれば、どんな人でもイチコロなのです!
「ほ、本当に何ともないのですか?」
「実は腕がなくなったりはしていませんわよね?」
ミルファシアさん、その発想の方が怖いです。
思わず想像してしまってゾクゾクしちゃったじゃないのさ!可憐な微笑みも引きつった苦笑いに早変わりですよ!
一瞬、仕返しに「きゃー!」とか悲鳴じみた叫び声を上げてみようかという悪戯心が湧き上がってくるも、収拾のつかない本格的なパニックに発展しそうな気がしたためぐっと堪えておいた。
さすがにお遊び気分でみんなからの信頼を失うような事はしたくないからね。
「だから大丈夫なんだってば。ほら」
結局ここはみんなを安心させる方が先決だろうと判断し、差し込んでいた手を引き抜いて見せる。当然なくなってもいなければ異様な形に変貌しているというような事もなく。
それを見てミルファたちもようやく安堵したのか、知らず知らずのうちに飲み込んでいた大量の空気を吐き出したのだった。
「いくら何でも不用心過ぎるで。今回のそれは水面に映った姿みたいなもんやったから何ともなかったけど、もっと慎重にやらなあかんで。こういう遺跡っちゅうのはどこにどんな仕掛けがされているんかも分らんのやからな」
そう注意してくれた後「心臓が止まるか思うたわ……」と愚痴るように呟くエル。
確かにボクの行動が迂闊だったのは間違いないね。でも、それならエッ君が立体映像で遊んでいた時点で指摘しておいて欲しかったかも。
「一応、安全だろうという根拠はあったんだよ。ほら、石板には危険なものがあるなんて何一つ書かれていなかったでしょう。あんなに色々と体験談を書き綴っていてくれたのに、それだけ抜けているとは到底思えなかったの」
特に命にかかわるような危険なものがあれば、絶対に警告するくらいのことはしていたはずだ。
石板の文字越しにしか感じられない相手だけれど、そのくらいは彼のことを信用していたのだった。
「それじゃあ、本格的に中に入るから」
それだけ言い残すと、通過する際に映像によって目をやられないよう瞼だけはしっかり閉じておいて立体映像の中へと飛び込んでいく。
今この瞬間にも死霊たちが転移してきているかもしれないのだ。これ以上余計な時間を掛けてはいられない。
思い返せばこの焦りが失敗の原因だったのかもしれない。
「ふぎゅ!?」
頭が硬いものへとぶつかった感触がしたかと思うと、ゴチンと景気の良い音が鳴り響く。
閉じられて真っ暗だったはずの視界にいくつものお星さまが飛び交っているのが見えた気がした。




