304 刻まれた記録 その4
導入部の文脈的に、どうにも友好的とは言い難かったのではないかと推測していたが、案の定死霊たちは七代前のクンビーラ公主様たちとは敵対する関係であったようだ。
「大量の死霊に襲われる……。よく一人の犠牲者も出さずに帰って来れたものだよね……」
そう。なんと彼らは一人の脱落者を出すこともなく浮島から帰還することができていたのだ。
精鋭というだけあって有能な人たちが揃っていたもようです。
『しかし、このまま放置しておけばあの死霊どもが転移してこちらへとやって来てしまうかもしれない。そう考えた我らは泣く泣く転移装置を破壊することにしたのだった』
「ああ、これが転移装置破壊っちゅう暴挙に繋がった訳やんな」
エルさん、言葉が厳しいです。
『とはいえ、この時点では後に研究することができるようにと装置が動かない程度に破壊する部分は最小限に止めておいたのだが……』
だが、なんですか!?
記録なんだからもったいぶらずにさっさと教えてよね!
『これは後々の調査により判明したことであるのだが、この地下遺跡のある地は、大地の中を走る魔力の通り道に築かれていたようなのだ。あの壁画が美しいままに保ち続けられていたことに仕掛けが数千年経った今でも動き続けていること、そして虚像の大男が消えることがないのも全てこのためであった』
リアルで言うところの、いわゆる龍脈だとか地脈と呼ばれる場所に作られていた、ということらしい。
そしてそこに流れる豊富な魔力を用いることで、遺跡内の装置を稼働させ続けているようだ。
「すごい……。大陸統一国家時代にはそのような技術まで実用化されていたのですわね」
今日では考えられない超技術を知り、ミルファは陶然とした表情で感動に打ち震えている。そこまでではなくとも、残る二人も感心した面持ちだ。
とはいえ、これだってきっと全く問題がなかった訳ではないだろう。実感はあまりないけれど、リアル世界でエネルギー問題の当事者――この時代に生きている全ての人が該当するからね――となっている身としては、大地を流れる魔力と化石燃料が重なって見えてしまうのでした。
おっと、今はそれよりは壊したはずの転移装置についての方が重要だ。一体全体どうしてしまったというのだろうか?
『先ほど例に挙げた壁画が美しいままであることにも関係してくるのだが、調査を行った我の子飼いの学者たちによれば、この遺跡全体に自動修復の秘術が施されているという話であった。通路のゴーレムたちが尽きることなく現れていたのはこのためだったのである。そしてこの自動修復の機能は転移装置にも及んでいた。あの者たちが気が付いた時には既に、再度起動し始める直前であったという。そして空飛ぶ島での出来事を思い出してしまい恐怖に駆られた結果、完膚なきまでに破壊し尽くしてしまったのだという』
ほうほう。そういう事情があっての破壊だったのか。
きっとトラウマを刺激されて半ばパニックになりながらやってしまったのだろうね。
『あの時の恐怖を持ち出されてしまっては彼の者たちを責めることはできなかった。それを与えてしまったのは我自身に他ならないためである。それ以上に、もしもその場にいたならば我とて必ず同じことをしでかしてしまっただろうと思えてしまうからだった』
「そこまで部下の人たちの心情を汲んであげるだなんて、ちょっぴり意外だったかな」
理解はできても、立場的に罰さなくてはいけないなんてこともよくある事だからね。
まあ、歴史を振り返ってみればそれすらもできない暴君や暗君もたくさんいたようだけど。
「ここに書いてある通り、それだけ深い心の傷を負っていたという証左なのかもしれませんわね」
難しいお顔で辛口な評価を下していたミルファだけれど、それこそ子孫という立場上身内贔屓と取られないようにそう言うより他はなかったのだろう。
本音としてはきっと人情味に溢れる沙汰を誇らしく思っていたのではないかな。先の言葉を口にした時の声音も随分と弾んでいたようにボクには感じられたのだった。
と、ついつい和んでしまったが、これって実はかなり危険な状況なのではないだろうか。
そうボクが思い至った原因は、壁画の空間からドラゴンタイプがいた部屋までを繋ぐ通路に出現していたゴーレムたちの存在だ。
これまでは単にゲーム的にリポップするよう設定されているだけだと思っていたのだが、この度石板を読み進めていったことで地脈を流れる魔力を用いて自動修復されているのだということが判明した。
ここだけの話、特にアニマルタイプのゴーレムに対してボクは、恐怖心を誤魔化したり克服したりするために相当なオーバーキル状態となってしまっていた。
それはもう、かなり念入りに破壊し尽くしていたのだ。それにもかかわらず二度三度と復活してきていたということを考えると、この遺跡に施された自己修復機能はとてつもなく強力なものだと思われます。
そして、転移装置が調査を行っていた人たちによって完膚なきまで破壊されてから、既に百年を超える月日が流れていた。
つまりですね、実はそろそろ転移装置も修復されていて使用可能になっているかもしれないのですよ。
「想像通りだとすれば、とんでもないことになっちゃうかも!?」
形容しがたいものが背筋を這いあがってくるような感覚にゾワリと全身の肌が粟立つ。
急いで背後を振り返ってみるも、そこには巨大な立体映像が家系自慢を繰り返しているだけだった。
「リュカリュカ?突然振り返ってどうかしたんですか?」
「至急、確認しなくちゃいけないことができたの」
疑問符を浮かべるネイトたちに、手早く先の想像を語った。
「ただのボクの思いつきであればいいんだけど、もしも本当に修復が終わって稼働できる状態にあるのだとしたら、最悪死霊の群れが飛び出してきちゃうかもしれない」
「ちょっ!?それ本気でシャレにならんで!?」
「とは言っても、確認しようにも肝心要の転移のための装置が見当たりませんわよ?」
「いえ。確かリュカリュカはその在り処について当てがあると言っていたはずです。そうですよね?」
確認を求めてきたネイトにコクリと頷くことで肯定の意を示す。
それにしてもこれだけ続けざまに驚愕の事実が判明していたというのに、よくもまあその合間にボクが言ったことまで覚えていたものだ。
というかボク自身、その台詞のことなどほとんど忘れ去っていた。
まあ、思い出したのだから結果オーライということで。
その心当たりのある方へと足を向けたのだった。




