301 刻まれた記録 その1
『この先に刻み込まれているのは、好奇心や虚栄心といった愚かしき感情を制御できなかったことに起因する我の罪についての記録である』
「……これはまた、出だしから重苦しい調子じゃないの」
「全くですわね。……重苦しいと言えば、ご先祖様はどうして石板に刻むなどという面倒な方法をとったのかしら?記録を残すのであれば書物の形にすればよろしかったのではなくて?」
「それはきっと、次にやって来る人がいつ現れるのか想像がつかなかったからじゃないかな。実際ボクたちが訪れるまでに百年以上の月日が経っているし、下手をすれば数百年かそれ以上の間、誰にも気が付かれることがなかったかもしれない」
詳しくは知らないけれど、数百年も放置され続けていれば紙では傷んでしまうのではないだろうか。
「例えそうなってしまっても確実に記録が伝わるように、石板という方法を選んだんだと思うよ」
リアルでも石板だけでなく石の壁などに刻まれた、数千年前の文字や絵が今でも残されているからね。
ミルファだけでなく、他のみんなも「なるほど」と頷いているね。
そういえば今の文明が崩壊して遥か未来で発掘される記録媒体は石だけだ、なんていう話もあったっけ。あれは確か、記録のデジタル化が進むことへの警鐘と、そこに何の疑問も持たれないことへの揶揄が込められたものだったような気がする。
さて、本題へと戻ろう。
『この遺跡の存在を知ったのは、この記録を刻み込んでいる時よりおよそ一年前のことであった。歴代の誰も及ばぬほどの強大な成果を上げたいという妄執に憑りつかれていた当時の我は、喜び勇んで精鋭の兵と学者たちを引き連れてこの遺跡を踏破していくことになる。
幸か不幸かここには致命的な罠もなければ秘密の通路などもなく、また出現する魔物たちもクンビーラが誇る精鋭たちの前では敵ではなかった。
まあ、各所の仕掛けについては頭を悩ませられることとなったが、特に壁画の間の五枚の絵にはその高い出来栄えに感動と驚きを覚えていたので、苦痛に感じられることはなかったのだった』
穏やかに何事もなく治世を行うことも立派なのだけど、戦争や災害などの突発的な出来事に――上手に――対処した人たちの方が、何かと取り上げられたりされたり喝采を浴びたりしがちであるのだよねえ。
「クンビーラ周辺では『三国戦争』が始まる以前は魔物の被害すらほとんどなかった時代と言われていますの。野心溢れるご先祖様からすれば、さぞかし退屈であったのでしょう」
そしてその気持ちは当人だけでなく、付き従った部下の人たちも同じだったのだろう。まあ、彼らがどのような思いを抱えていたかについてはこのくらいにして。
ボクとしては仕掛け以外には大した苦労もなかった、という点が気に掛かっていた。
それというのも、てっきりこちらのレベルに応じて敵の強さも変更されるのではないかと思っていたからだ。
だって、明らかに世界全体に関わってきそうな重大ポイントですよ、ここ!普通はもっと様々なイベントやクエストで経験を積んでから、ようやく訪れることができるようになる場所ではないだろうか。
当然ながらこれはプレイヤーとしての発想だったため、
「うちはともかく十レベル代前半のあんたらと、兵士たちを比べること自体がおかしいっちゅうだけの話やろ。平和だった言うても精鋭とまで呼ばれるだけの連中なんやから、相当のレベルだったはずやろ」
この世界の住人であるエルたちには意味が分からなかったもようです。
でもねえ……。二体のボスや通路で出現したゴーレムたちの強さが、ボクたちの戦ったものと同じであったとするならば、敵ではないどころか鎧袖一触の瞬殺状態になっていたのではないだろうか。
「リュカリュカ、それはいくら何でも自分たちの力を低く見積もり過ぎというものですよ。レベルこそ低いですが、わたしたちは様々な戦闘の経験を積んでいますよ」
ネイトの言葉にうんうんと頷くみんな。確かに訓練の面ではおじいちゃんを始め、ゾイさんやサイティーさんたち――ついでに支部長のデュランさんもね。でも、仕事の息抜きに低等級冒険者のボクたちをしごきに来るのはどうかと思う――のような力量も冒険者の等級もはるかに格上の人たちの手ほどきを受けることができていたよね。
実戦の方でも近隣の魔物相手におじいちゃんプロデュースの連続戦闘をさせられたり、『毒蝮』と配下の蛇たちと戦ったりもしてきたから、表面上には現れない強さというものを体得していたとしても不思議ではない、の、かなあ……?
「それにご先祖様たちは学者といった戦闘を得手としていない者たちをも連れていたようですから、その者たちを守ることにも人員を割り振らなくてはいけなかったはずですわ。ですから全員が戦いに参加できるわたくしたちとは単純に比較できないと思いますわよ」
それもそうか。いずれにしてもあちらはイベントの下地段階の出来事であるし、何よりも時代が違うので今さら比べることもできはしない。
要するに、そういうものだと納得するより他ないのだった。
『これを読んでいる者たちであれば気が付いていることだろうが、この遺跡はどうやら大陸統一国家崩壊後まもなくの頃に『風卿』に極めて近しい誰かが中心となって作り上げたものであるようだ』
ふむふむ。この点はボクたちと同じだ。まあ、あの五枚の壁画に加えて、この部屋の立体映像の言葉からそう考えるのが当然の流れであろうからね。
『おそらくそれに間違いはないのだろう。そして同時に、虚像の大男が語っていた言葉もまた本心であることを痛感させられることとなる』
「虚像の大男?……ああ、あの立体映像の人のことね」
彼の言葉というと、『風卿』こそが大陸統一国家の後を継ぐべきだ、というやつかな。
そういえば結局、あの立体映像の中には入れるのだろうか?そんなことを頭の片隅で考えながらもさらに石板の先へと読み進めていく。
『どことは詳しく語らぬが、遺跡の最奥の場所から『我』は予想もしていなかった地へと運ばれることになったのだ』
遺跡の最奥?予想もしていなかった地?
……何やら気になる単語が多数登場してきましたよ。
『それは、大陸統一国家時代の都であり、あの壁画にも描かれていた空飛ぶ島であった』
「えええええええええええええええええええ!!!!!?!?」
地下の遺跡の奥の部屋に、ボクたちの声が響き渡ることになったのだった。




