294 ゲーム的な思考
「くそっ!僕は次期学生会長なんだぞ!」
うわあ……。ボクとのやり取りですっかり自信が削げ落ちてしまったのか、今や男性は単なる駄々っ子に成り下がっていた。
その姿は創作物に登場する典型的なおバカ貴族のお坊ちゃまそのものだ。
「うーん……。まさかリアルの方でそんな人種に遭遇することになるとは思わなかった」
ボクが『OAW』で出会った貴族の子息子女たちとなるとミルファにバルバロイさん、そしてハインツ様くらいなもので、言うまでもなく三人とも良い子良い人だったからだ。
ふむ。こうして考えてみると、あちらでのリュカリュカの生活がいかに恵まれていたのかが良く分かるね。
おかしな勘違い貴族から声を掛けられなかったのは、デュランさんやおじいちゃん、宰相さんたちが色々と表から裏から手を回してくれていたからなのかもしれない。
で、そうなると余計にあれとの格差が目についてしまう訳でして。
「どこから見ても学生会長の器ではないかな。少なくとも私はあんな人になってはもらいたくないよ」
ボクの言葉に近くにいたクラスメイトたちが同意だと言うように首を縦に振る。
おっと、ついつい思っていたことが口に出てしまっていたようだ。幸い彼には癇癪発生中で何やら叫び回っていたためにその声でかき消されて聞こえていなかったもよう。
「安心していいわよ。今先輩に連絡を取ってみたら、あの男が勝手に言いふらして回っているだけのことみたいだから」
「あ、そうなんだ。……でも、それはそれでまずくないかな?」
世論というのは結構大きな声での主張に迎合しやすいものだから。
この学校の生徒たちだって全員が学生会活動に関心がある訳じゃない。そういう無関心な項目になると人は案外いい加減なもので、よく考えもせずに「面白そうだから」と流されてしまうかもしれないのだ。
「優が心配していることも分かるけど、それはあくまでもある程度の実績があったり実力があったりする人に限っての話じゃないかしら。アレにそんなものがあると思う?」
雪っちゃんが指さした先にはぎゃんぎゃんとわめき続けている男性がいた。どこから見ても人の上に立てるような人物だとは思えない。
勉強ができるという観点からの実力については不明だけど、先の一点からだけでも組織の長としての実績があるようには思えないかな。
「だけど意外にも人望が――」
「本当にそんなこと思ってる?下級生のクラスに乱入してきてこれだけ騒ぎを起こすような人なのよ」
はい。全然さっぱりこれっぽっちも思っていなかったです。あくまで一応可能性を考えてみただけ。
しかし、雪っちゃんがそこまで言い切ったということは、連絡した先輩から事情だけではなく男性の評判の方も聞いていたのだろう。
あ、扉近くにいたクラスメイトがこっそりと出て行ったよ。行動前に近くの人たちと目配せし合っていたから、先生を呼びに行ったのかもしれない。
まあ、そろそろ彼の声が壁越しに隣の教室にまで届いていてもおかしくはない声量になってきているからね。ここまで騒ぎが大きくなってしまった以上、年長者であり監督者である先生たちの介入が必要かな。
問題は、ボクもまた当事者として先生たちからの事情聴取を受けなくちゃならないだろうということか。巻き込まれただけの立場ではあっても、男性の目当ては明らかにボクだったみたいだからねえ。
「あれ?そういえばあの人、私に何の用事だったんだろう?」
態度に苛立ったこともあって、用件を話す前に彼自身に興味がないとぶった切ってしまったのだよね。
「……学生会会長になりたいと思っているんだから、用件は自陣営への勧誘しかないでしょうが」
「そうなんだ。……でも、なんで私?」
「正式な役員じゃなかったけれど、優が中学の生徒会関係者として動きまわっていたことは結構知られているのよ。だから実務の面でも箔が付くという面でも取り込みたいと考えたのだと思うわよ」
「勝手にお手伝いしていたのは認めるけど、私がやっていたことなんてどれも大したことなかったはずだよね?実績も箔も副会長をやっていた雪っちゃんの方がよっぽどあると思うけど」
勉強の面でこそボクと同レベル程度だが、それは彼女が部活動の方にも力を注いでいるからに過ぎない。雪っちゃんが勉強一本に絞ったらきっとすぐに置いていかれてしまうことだろう。
「……優の仕事が大したことなかったかはさておいて、普通はどんなに雑用であっても部外者が入り込めたりはしないのよ。まあ、後は面白がって話題にしていた連中もいるようだけど」
ああ、つまりはそういう人たちによっておかしな虚像が作られてしまっているということなのね。以前、影の支配者だったとか言われていた時には、思わず大笑いしてしまったものだ。
「で、それを真に受けちゃったのが、アレという訳ですか」
「そういうことみたいよ」
この高校はボクたちが通っていた中学の校区内にあるから、学年を問わず出身者は多い。なので河上先輩のような人に事情を尋ねてみれば根も葉もない噂だとすぐにでも分かりそうなものなのだけど……。
ああ、でもあの人なら自分に都合の良い部分しか耳に入らないだろうから、どんなに真実を語ったところで無駄だったのかもしれないね。
ともかく、後はもう先生たちがやって来てくれるのを待つばかりだ。と安易な考えを持っていた頃もありました。
変に刺激しないようにと遠巻きにしながら放置していた男性が、またもや荒ぶり始めたのだ。
「ぐわあ!僕を無視するなあ!!」
一方的で独りよがりな言い分にボクたち一同ドン引きでございます。
これほどまでに身勝手な人もそうはいないのではないだろうか。ある意味相当なレアキャラですね。
もっともできる限り関わり合いになりたくはない部類、特にやり直しや一瞬で怪我を癒せる回復魔法などのないリアルに置いては絶対に遭遇したくはない類のレア、ということになるけれど。
まさか同じ学校に通っている人の中にそんな危険人物が混じっているとは思ってもみなかったよ。
はっ!?ボクは今、とってもゲーム的な考え方をしていませんでしたか!?なんだか着々と毒されてしまっているような……。
脳裏にちらついた従姉妹様の姿に小悪魔的な尻尾や羽、そして角が垣間見えた気がした。




