29 威圧するおじいちゃん
雰囲気を切り替えることで、絡んで来た男たちの機先を制することができた。
だけど、このまま終わらせるつもりはない。エッ君を見世物にするなんて暴言を吐いたのだから、それ相応の罰は受けてもらうよ。
「昨日あれだけの大騒ぎになっていたのに、気が付かないなんてその頭は飾りなんだね。あ、でもそんな不細工な顔じゃ飾りにもならないかな」
「このガキ!」
「つけあがりやがって!」
逃がさないという意思表示を込めてのものだったのだけど、男たちは額面通りの挑発にしか捉えなかったようだ。
「リュカリュカさん!?」
まさか挑発するとは思ってもみなかったのだろう、グラッツさんが驚きの声を上げる。そこには「これ以上騒ぎを大きくしないでくれ」という非難の色が込められていた。
まあ、ボクの護衛という彼の役割からすれば当然の反応だと思う。
だけど、ごめんなさい。中途半端に止めるつもりはないです。二度とそんなことを考える人が出てこないように、こいつらには生け贄になってもらいます。
そして「昨日」とか「あれだけの騒ぎ」とかそれっぽい単語を入れたことで、周りで見物していた人たちの中には勘付いた人も出てきたようだ。
冒険者協会の職員さんたちには事のあらましが説明されていたのか、全員揃って青い顔になっていた。
「ここまで俺たちをコケにしたんだ。ただで済むとは思っていないだろうな」
そう言って凄んでくるものの、こうなってしまってはただの道化だ。
事情を理解しようとする様子もないし、これ以上男たちに付きあうのは時間の無駄にしかなりそうにない。
「うるさいなあ。他人を不愉快にするしか能のない口は閉じて鍵をかけておいて。……それで、周りの人たちはいつまでそうやって他人事のつもりでいるんですか?」
冷ややかな眼――のつもり――で、この場にいる職員や冒険者の人たちを見回していく。
ちょっと!職員の人たちは仕方がないとして、冒険者の人たちまで目が合いそうになると俯いたり、視線を逸らしたりするとは何事ですか!
「!!!?」
ようやく目が合ったと思ったら、威圧されました。
怖っわ!
エッ君を抱いていなかったら一目散に逃げだしていたところだ。悲鳴を上げなかったというより、それすらもさせてもらえなかったという方が正しい。
そしてその対象となっているのはボクだけではないようで、男たちに加えてグラッツさんまでもが、動くことができなくなっていた。
「確かにそのバカどもが増長するのを放っておいた俺たちにも責任はあるか。……で、嬢ちゃんは俺たちに何をさせたいんだ?」
問いかけてきたのは好々爺然とした風貌の年配の男性冒険者だった。
ちなみに、さっき威圧してきたのもこの人、というかまだ現在進行形で威圧され続けていたりします。
パチンと自分の頬を叩く、のはエッ君を抱いているからできないので、ダンダンと強く足を踏み鳴らすことで膝の笑いを止める。
「自分たちが何をしようとしていたのかをしっかり理解させてください。そして同じことを考える人が二度と出てこないように、徹底的に周知させてください」
「ふむ。……だが、冒険者ってのは常に入れ替わるもんだ。完璧にというのは無理だ」
「そこはできる限り頑張ってもらうということで手を打ちます」
要はこの五人のようなおバカが二度と出て来なければいいのだ。
「分かった。……恩に着る、と言っておいた方がいいか?」
「どうとでも。ボクは気にしませんけど、それを押し付ける気もありませんから」
「そう返すか。とんでもない嬢ちゃんだぜ」
「それはお互い様じゃないですか、おじいちゃん」
茶目っ気たっぷりにそう答えてあげると、年配の冒険者は一瞬キョトンとした後、呵々と大笑いし始めたのだった。
「うにゅっ!」
「……くっ!」
だけどそれで威圧が波のように揺らいだのは想定外だった。
おじいちゃん、漏れてる!漏れてるから!
……え?もちろん威圧のことですよ。
「騎士の兄ちゃんよ、こいつらは俺が捕まえる。それで勘弁してもらえないか」
「分、かり、ました……」
彼の威圧を一緒に受け続けている身として言わせてもらえば、お願いというよりは脅迫に近いものだと思う。
「済まねえな。……さて、お前ら。良かったな。もう少しでクンビーラを消滅させた愚か者として歴史に名前を残すところだったぞ。といったところで答えられねえか。冒険者の質も随分と下がってきたもんだな」
言いながら首筋へと手刀を当てて、男たちを次々に昏倒させていく。
おおっ!伝説の首トンですよ!
まさかリアルで、いやリアルじゃないけど、これを見ることができるとは思わなかった。絡まれた不快感も吹っ飛ぶというものだ。
ふぅ。結構なお点前でした。
ふいに体と心に圧し掛かっていた重しが取れたように感じられた。どうやら男たちの意識を刈り取ったことで、おじいちゃんが威圧を放つのを止めたようだ。
「疲れた!そして怖かった!!」
わざとお腹の中から大きな声を出して、その場に座り込む。そうでもしないと本格的に蹲ってしまいそうだったのだ。実際、グラッツさんは両手を床について荒い息を吐いていた。
「騎士の兄ちゃん、俺の威圧を受けながらあれだけの受け答えができるとは、なかなか素質があるぜ」
「い、いえ……。まだまだだと思い知らされました」
「そう思えるなら、先に進めるさ」
「それに、リュカリュカさんはもっとしっかりと自我を保っていました……」
「いや、嬢ちゃんはあのブラックドラゴンを相手に一歩も引かなかったという話じゃないか。そりゃあ比べる相手が悪すぎるってもんだぜ……。上を見るのは結構なことだが、あまりに遠いと目標を見失っちまうぞ」
「その言葉、胸に刻みます」
グラッツさんとおじいちゃんが仲良くなったのはいい事だけど、こっそりボクのことを貶していませんでした?
その後、気絶した五人を移送するため、グラッツさんは騎士団の詰所へと向かうことになった。
そしてその間にボクは冒険者の登録、をする前に奥の個室を借りてエッ君とお話をしていた。
「エッ君」
ボクが呼びかけるとビクッと体を震わせる。
これまで強くたしなめるということがなかったから、さっきの一件はかなりショックだったみたいだ。言葉だけでは届かないかもしれない。そう思った瞬間、エッ君を抱きしめていた。
「さっきはボクのために怒ってくれてありがとう。とっても嬉しかったんだよ」
信じたい、だけど信じた結果また叱られるのが怖い。そう言うように尻尾が力なく揺れていた。
「あのね、エッ君。怒ることは悪くない。ダメなのは周りが見えなくなってしまうこと。あの時のあいつらの狙いはね、ボクたちに先に手を出させることだったんだ。そうすることで周りを味方に着けたり、ボクたちが悪いと決めつけたりしようとしていたの」
ピンと尻尾が真下に伸びる。気が付いてくれたみたいだ。
「だからね、怒りながらも冷静でいられるようになりなさい。どんなに想いや心がカッカと燃え上がっていても、頭の中は晴れた真冬の朝のような清廉な状態を保ちなさい。そうすればきっと、どんな相手にも負けることはないから」
「頑張る!」という感じでボクの胸にぐりぐりと体を擦り付けてくる。
そんなエッ君を見ながら、さっきの言葉が実は、里っちゃんのはまっていたゲームに登場する台詞の一節であることは秘密にしようと心に誓うボクなのでした。




