282 克服法と対処法
「ごめんなさい、リュカリュカ。あなたがそこまで怖がっていたと気が付かなくて……」
「うん。大丈夫だからそんなに思いつめないで。ボクは自分の状態さえ知ってもらえれば良かったのであって、ネイトを追い詰めたい訳じゃないから」
クンビーラにやって来る以前に何かあったようで、彼女は時折パーティーメンバーであり対等な関係であるボクたちに対してすら物凄く遠慮することがあるのだ。
そんな時の彼女の姿はとてもはかなくて、まるで「捨てないで!」と泣き叫ぶ子犬のように思えてしまうのだった。
本当はすぐにでもそうした理由を聞き出したいところではあるのだけれど、嫌がることを無理矢理に問い質すというのもどうかと思い、ミルファと二人してスッキリしない気持ちを抱えながらもネイトの方から話してくれるのを待っているという状況なのだった。
「それに恥ずかしがってなかなか自分の状態を話さなかったボクにも責任があると思うし」
「そうやなあ。下手したら致命的な失敗に繋がっとったかもしれんことを考えると、さっさと話しとくべきだったと思うわ」
……反省の弁を述べた直後に五寸釘張りの太くて長い釘を刺してくるのは、致命傷になりかねないから勘弁してください。
思わず「ぐほっ!」と乙女にあるまじき声を上げて吐血してしまいそうになってしまったよ。
「しかし……、リュカリュカのその欠点は克服できなければ冒険者としてはかなり不利なことになってしまいますわね。なにせ猛獣の魔物などそれこそ掃いて捨てるほどいるのですから」
欠点て……。まあ、オブラートに包んだ言い方をしたところで意味合いは変わらないから構わないんだけどさ。それと「掃いて捨てるほど」という言い方もどうなの?
「せめて星の数……、はきれい過ぎかな。砂浜の砂の数、くらいな言い方にしておこうよ」
ちょっぴり呆れのこもった口調で言うと、きまりが悪そうに明後日の方を向いてしまう。
「さすがに私たちと付き合ったせいで口が悪くなったと言われるのは困るので、気を付けて欲しいところですね」
ネイトにまで苦笑しながら言われてしまい、顔を真っ赤にしながら頷くしかないミルファなのだった。
「話を戻すと、何度かそういう猛獣系の魔物と戦う機会があれば、徐々にだけど慣れていけるものだと思ってるよ」
少なくとも完全なトラウマになってしまっていて克服が不可能という類の物ではないと感じている。むしろ生理的嫌悪感を呼び起こされてしまう虫系の魔物の方が、リカバリー不能な状態に陥ってしまうかもしれない。
今度は素直にそのことを話すと、全員が揃って遠い目をすることになってしまった。
「ああ、虫系の魔物はなあ……。うちでもできれば遭遇しとうない思うんがようけおるし……」
「先ほどはゴーレムだと分かっていましたから難なく相手をすることができましたが、もしも本物と敵対することになってしまったとすると……、可能な限り戦わずに逃げる方法を模索していたと思いますわ」
カブトムシの姿形ですらそのレベルとなると、虫系魔物が相手の時はミルファに前線を任せるのは危険かもしれない。
まあ、かくいうボクもそれほど耐性がある訳ではないけれど。
「ミルファはせっかく光と雷属性の魔法が使えるのですから、もう少しそちらの修練もしておくべきかもしれませんね。リュカリュカのようにオーバーロードマジックまで使えるようになれとは言いませんが、今後のことを考えると、せめてどちらもドリルを使えるくらいまでは熟練度を上げておくべきではないでしょうか」
ネイトの意見は至極もっともなものだ。幸いにもボクたち三人は使用できる魔法の属性が見事にばらけている。つまりその分、魔法による弱点があればそこを突きやすくなっているのだ。
これをしっかりと活用できるように、初級で使用できるようになるボール、ニードル、ドリルの三種は早めに習得しておきたいところだ。
「後少しだし、ボクも早く水と風属性魔法のドリルを習得しておかないとなあ……」
「リュカリュカはその二つに加えて、〔生活魔法〕の熟練度も上げないかんで。うちがおらんようになっても【光源】まで覚えて一通り使えるようになっとかんと、今回みたいな遺跡の探索はできんからな」
「うあー……。そういえばそっちもあったんだった……」
現在ボクの〔水属性魔法〕と〔風属性魔法〕の熟練度は、それぞれ七十七と七十八だ。熟練度八十でドリルの魔法を習得できるから、本当にあともう少しということになる。
一方で〔生活魔法〕はそれら二つよりも低くて六十九でしかない。【光源】の習得には九十まで熟練度を上げなくてはいけないらしいから、まだまだ先は長いということになってしまいそう。
ここで少し〔生活魔法〕について説明しておこうか。一部以前の解説と重複するかもしれないけれど、そこは勘弁してもらいたい。
まず大きな特徴として〔回復魔法〕などと同じく上位の技能が存在しない。
習得できる魔法は四つで、火属性の【種火】、水属性の【湧水】、土・風・闇の三属性複合の【浄化】、光と雷の二属性複合の【光源】となる。
そして【浄化】と【光源】の二つは、『OAW』内でプレイヤーが使用できる唯一の複数の属性が複合されている魔法ということで、地味に珍しい存在でもある。もっとも、だからと言ってどうということもないんだけど。
属性の数が多いはずの【浄化】の方が先に覚えられる辺り、習得順に関しては運営担当者の独断と偏見が多いにかかわっているのではないかとボクは考えていた。
ちなみに、やり方次第では直接的にダメージを与えたり戦闘補助的にも使えたりするので、なかなかに侮れない魔法だったりもする。
それでも各属性魔法の方がダメージ的には桁違いの強さを誇っているので、〔生活魔法〕をメインに据えた魔法使いというのは存在していないと言われている。
……ただ、『笑顔』の方には相当極まった変わり者がいるという話で、そうした人たちの中には〔生活魔法〕中心の強い魔法使いというのも存在しているのだとか。
しかもその理由が、「今のは【フレアー】ではない……。【種火】だ」というネタをやりたいがためという辺り、プレイヤーの闇の深さを感じてしまう今日この頃です。
ともかく、これから色々な魔物と戦えるように、戦力の底上げも重要だということを再確認したボクたちなのだった。
「ほんまは遺跡のど真ん中で気が付くようではいかんのやで」
至ってまともなエルの突っ込みに対し、苦笑を浮かべることしかできないままに。
〇補足という名の蛇足
ミルファは前衛役としての役割がほぼほぼ確立してしまっていたこともあり、〔光属性魔法〕が四十一、〔雷属性魔法〕四十三と、仲間になった時点から十程度しか熟練度が上がっていません。
【フレアー】は火属性魔法系統の大規模強力魔法で、〔上級火属性魔法〕技能の最後に覚えることができます。




