272 ぷかぷか浮かぶ
しかしながらよくよくじっくり観察してみると、白いそれはとてもではないが波がぶつかり合って生まれた泡ではなかった。
ある意味こちらの方がよく目にするものかもしれない。多くの人たちが一日に一回以上は見ているのではないだろうか。
生活、というか暮らしにも密接に関わっているね。むしろないと困るものだ。そんな大切なものだけど、身近な存在かと問われると素直に「はい」とは答え難いと思う。
理由は簡単。距離が遠い。その上触れられるようでいて触れられないという不確かな存在であるためだ。
さて、そろそろ答え合わせをしよう。
壁画の中、島の周囲に描かれていたそれの正体とは……。雲だった。
「たはー……。島は島でもそっちの島だったのかあ」
そりゃあ縁沿いに港なんて作るはずないわ。間違って落下なんてしたら大変だもの。多分、島のどこかに専用の発着場でもあるのだろう。個人的には緑化地区のどれかが怪しいんじゃないかと思うけどね。
「それにしても、まさか空飛ぶ島でくるとは……」
発覚した衝撃の事実を、はっきり言ってボクは持て余していた。
まあ、題材としてはそれほど珍しいものではないと思う。浮遊大陸や空飛ぶ島というのは古今東西リアルでも神話から個人的な創作物に至るまで、色々なお話しに登場しているものだからだ。
VR技術を用いた特別な体験という観点からしても、リアルでは味わうことのできない世界を確実に魅せられるのだから使わない手はないだろう。
そんな風に一般論としては空飛ぶ島の登場も理解できる。
が、ですよ。こういうものって普通、中盤の山場だとか終盤のクライマックスとかに持ってくるものじゃないの?
ボクはまだこのゲームを始めてから二カ月くらいしか経っていない――途中テスト期間で全く触れていない期間があった――んですけど!?
ゲーム内時間で言うと一月ほどしか経過していないのですが!?
強さの目安になるレベルなんて昨日やっと十一に上がったばかりだよ!?
まさかいきなりクライマックスまでノンストップの超特急弾丸列車が知らない間に発射――発車?……発射!?――していたりなんてことはないでしょうね!?
無理だからね!魔王を倒すとか絶対に無理だから!
「ミル嬢、ネイやん。リュカリュカの動きが不審なんやけど……」
「ということは、また何か見つけ出しましたのね!?」
「え?そういう扱いなん?」
「リュカリュカは世間知らずなところがありますが、その反面わたしたちの誰もが知らないような知識を持っているようなのです。恐らくはそれと照らし合わせていく過程で簡単に消化しきれないことがあると、あのように挙動不審になってしまうのでしょう」
「多分、わたくしたちに話すべきことを吟味しているのですわ。普段はやたらと茶化してきたり場を引っかき回したりと騒がしいですが、誰よりも一番わたくしたちのことを考えている子ですのよ」
「そうですね。その分自分を軽く見る傾向があるのか、自ら進んで危険なことを引き受けようするのが心配です。言って聞くような性格ではないので、こちらとしては歯がゆいところなのですが……」
「そういえばあの子、なんや最初の方からうちにも同情的なところがあったし、それでもってこうと決めたら絶対に引かんような頑固なところもあったなあ」
「だからこそわたくしたちのリーダーとして相応しいとも言えるのですけれど」
「立場的に何でも決めそうなミル嬢が、なんでリュカリュカの指示に従っとるんかと思うとったけど、その理由が何となく分かった気がするわ」
と、隣でそんな会話がされていること等ついぞ気が付かず、ボクはどうすればこの発見を平穏な日々という場所へと無事に軟着陸させることができるのかという難題に、頭を悩ませ続けていたのだった。
「はい!という訳で、この壁画の島はお空の上にあることが判明しました!」
結局ボクは、この衝撃の事実をそのままみんなに発表することにした。さんざん悩んで迷った挙句がこれというのは、少々カッコ悪いものがなきにも非ずだが、これからのボクたちパーティー全体の活動にも関わってくるような事なので、正直に話した方が良いだろうという結論に達したのですよ。
まあ、それ以前にこの先へ進むためにこれら壁画の仕掛けを作動させなくてはいけない。そのための謎解きに空飛ぶ島の情報は必須だと考えたからでもあった。
「空飛ぶ島ですか……。まるでお伽噺のようです」
ネイトの呟きに、こちらでも基本的にそういう扱いなのだと少し安心する。実はこれまでそんな話題が出てこなかっただけで、「○○地方の名所にそんなものもあったね」と、しれっと言われないとも限らなかったもので。
「壁画の通りやったら、街一つが空に浮かんどったようなもんやんな。『古代魔法文明期』ならできたんかもしれんけど……」
「けど、何?」
「この頃のことを記した古文書にしても、ぶっちゃけ後の世で書き写されたものらしいわ。そやから写本したやつの願望とかが混ざっとってもおかしいないんよ。しかも検証しようにもその技術自体が綺麗さっぱりなくなっとるから、調べることすらできんしな」
時折発掘される魔導機械のうち、その用途や意味が理解できてなおかつ稼働させることができる物が見つかった場合に限り、それに関連した技術が確立していたことを証明できるのだとか。
うん、言っててよく分からなくなってきた。とりあえず、検証したくても今の世界ではその技術すらないと思っておけば問題ないみたい。
「つまり、この壁画も架空の空飛ぶ島を描いたものだということですの?」
「断言はできん。ただ、その可能性もあるっちゅうとこやな」
ゲームとして見ているボクからすれば「ある」ことが前提のようなものだけど、この世界で生きている彼女たちからすれば、そういう反応しかできなくなってしまうのかもしれない。
むしろ、二人はあえて曖昧な言葉で濁しているようにも見える。大国が力を求めて魔導機械を占有しようとしている以上、空飛ぶ島が並の兵器をはるかに超える兵器となり得ると直感的に理解してしまったからかもしれない。
ちなみにボクが一番気になっていたのは、壁画の空飛ぶ島が『古代魔法文明期』のだとみんなから認識されつつあることだったりします。
本当にそうなのかな?




