264 あるがない、ないがある
その後もミルファたちは思い出せる限りの話を聞かせてくれたのだけど、候補に残りそうなものはなかった。
だって、大陸の沿岸各地を荒らして回っていた伝説の海賊の遺産だとか、どこの少年漫画か冒険小説かと言いたい。そもそも隠し財宝の在り処の島が絵にあるような文明が花開いた地であるとは考えにくいのだ。
他にも勇者様の仲間だった船乗りが、彼女から友情の証としてもらったある品をひっそりと隠した島とか、何それもっと詳しく!?と思わず身を乗り出してしまいそうになる話ばかりで、壁画と関連のありそうなものはなかったのだった。
「面白そうなものはいくつもあったけど、参考にできそうなのは初めの二つくらいかな?」
「その二つを比べるのであれば、ミルファの挙げた西の大洋にある古代文明だというのが一番しっくりくるように思います」
「そうですわね。わたくしも死後の安らぎの世界にあの塔の群れは似合わないと思いますの」
だよねー、と頷きあいながら改めて壁画の方へと目を向ける。そこには食い入るように壁画を見続けるリーヴとエッ君の姿があった。
うわあ!?
リーヴが急に首を傾げるから、頭の上に乗っていたエッ君が落ちそうになってるよ!?急いで駆け付けて、何とか落下寸前のところをレスキューでキャッチすることに成功しました。
「あ、危なかった……。エッ君、むやみやたらと人の上に乗っちゃダメ。リーヴも頭の上に居たことは分かっていたんだから自分の姿勢には注意しておかないと」
後から考えるとリアルとは違ってこちらでは基本的に身体能力が高くなっているようだから、リーヴの頭の上――ピグミー種族サイズなので一メートル強しかない――から落ちたくらいでは怪我の一つもしなかった可能性は高い。
とはいえ、危ないことをしたことに違いはないから、ここはしっかりと叱っておかなくちゃいけないところだったとも思う。
「それで、リーヴは何に気を取られてしまったの?」
ボクたちのパーティーの構成上、盾役として最前線にいる機会が多いリーヴだけど、実は他人のサポートをするのも上手かったりする。〔英雄剣技〕の闘技【ディフェンスブレイク】で敵の防御力を下げたり、〔聖属性魔法〕の【ブレスヒール】で怪我を癒したりと、状況によってはまさに八面六臂の活躍をすることだってあるくらいなのだ。
そんな気遣い屋の彼が、何もないのに頭の上にいるエッ君の存在を忘れてしまうなんてことはあり得ない。きっとそれなりの理由があったはずだ。
ボクの予想は正しく、リーヴはその通りだと一つ頷くと壁画のある部分を指さした。
「ええと……、島の縁のところ?」
その問い掛けには首を縦に振ることで肯定してくれる。そしてぐるりと島の周囲を指さした後、コテンと小首を傾げたのだった。
「今の動きは、外縁部に何かおかしな所があるという意味でしょうか?」
ミルファがエッ君と波長が合いやすいように、ネイトはどちらかというとリーヴと仲が良い傾向にある。だからなのか、今のボディランゲージだけで彼の言いたいことをズバリと言い当てていた。
……別に悔しくなんかないし。
ボクだってちゃんと分っていたもん。
「おかしな所?……特に変わった物は見当たりませんわよ?」
そんなやり取りを見てさっそく壁画を見回してみたミルファとエッ君だったが、お望みのものを見つけることはできずにどことなく不機嫌になってしまっていた。
なんだかこの二人、日増しに仕草が似てきている気がする。実は魂の双子とかじゃないよね?
……別に寂しくなんかないし。
ボクだって仲良しだもん。
「一目見ただけでは分からないようなものかもしれません」
「うー……。やっぱり分かりませんわ。リーヴは何が原因か分かっていませんの?」
一度はネイトに短気をいさめられたが、やはり発見には至らずに再び苛立った声を上げるミルファ。そしてリーヴもまた相変わらず違和感はあるものの、それが何に由来するのかを見つけることはできていないようで、力なく首を横に振っていた。
かくいうボクもどうにも引っ掛かりを感じながらも、変わった場所やおかしな所はないように思えたのだった。
あれ?ない……?
「もしかすると!」
閃いたそれを一言で言ってしまうならば、発想の転換ということになるだろうか。その直感に従って三度壁画の中にある島の沿岸部を見回してみる。
すると、
「そうか。あるはずのものがないから変に思えたんだ」
結局はなぞなぞなどにありがちな、解けてしまえば何てことはない事だった。
達成感に酔いしれると同時に脱力感にも苛まれるという独特の感覚に浸りながら、ボクは独り言ちていた。
「リュカリュカ、一体何が見つかりましたの!?」
「うん。ないのを見つけた」
「は?」
「だからね、この絵の島が海のど真ん中にある孤島だとすれば、絶対になくちゃいけないはずのものがないんだよ」
「なくては……」
「いけないもの?」
一つの台詞を複数人が分けて言うのは創作物ではありがちな技法だけど、実際にそれを目の前でやられると違和感しかないや。
と、これ以上もったいぶったところでミルファの癇癪が発生するだけになりそうなので、そろそろ解答をば。
「ほら、よく見て。この島には港が一つもないんだよ」
そう言った瞬間、はっと息を呑む二人。
リーヴはようやく疑問が解けてスッキリしたのか、握りしめた右手をポムと左手の掌へと打ち付けていた。
そう、絵画の中の島の外縁は木々が生い茂っていたり、公園のような開けた場所になっていたり、さらにはぐぐっと外側に張り出すような建物があったりと色々な様相だったのだけど、どれ一つとして外との行き来に使われるような港とは異なっていたのだ。
あえて言うなら最後に挙げた建物がそれらしく見えなくもないが、どちらかと言えば展望スペースのようにボクには見えたのだった。
ちなみに、荷下ろし用の港ならちゃんとある、なんていうオチもありませんのであしからず。
まあ、中央の建物群に隠れてしまっているという可能性は零ではないかもしれない。
だけどこの壁画には前にも述べたように、小道の一本や小さな建物に至るまでこと細かく丁寧に描き込まれている。
出入り口というのはその場所の顔とも言える存在だ。よって港という重要施設をまるっと無視してしまうような事はしないと考える方が自然という訳。




