260 突き当りのその先
「ええと、『正面に立ち、鍵となる赤き宝玉を掲げよ』?」
おお!ちゃんと意味が通じる文になっている。
「……まさか、そないなところに伏兵が潜んどるとはなあ。正解や。うちが読めたんと一文字一句同じやで」
やったね!とはいえ、これで先に進めるようになった訳ではない。
あくまでヒントが得られただけなのだ。
「正面というのは、この突き当りの文字が書かれていた壁に対して正面の位置だと考えておけばいいのかな?」
「別の場所であるなら、それらしい指示が書かれていなければおかしいでしょうね。ですからリュカリュカの考えで合っていると思います」
「そうなると、問題はこの『赤き宝玉』という部分となりますわね」
「ミル嬢、それはガーディアンを倒した時に拾うた『緋晶玉』のことやと思うで」
「確かに!」
エルの指摘に従ってアイテムボックスからどす黒くくすんだ拳大で赤色のそれを取り出すと、突き当りに向かって数歩離れた場所に立つ。
「それじゃあ、やるよ。通路が開いた瞬間にいきなり魔物が飛び出してこないとも限らないから、全員、戦闘の準備だけはしておいて」
できれば鬼も蛇も出てきてほしくはないが、一応、その覚悟だけはしておかないとね。
そして一つ大きく深呼吸をしてから、意を決して手にした宝玉を両手で高々と掲げる。
すると、『緋晶玉』からほんの少しだけ赤い光が漏れ出たかと思うと、行き止まりになっていた壁が音もなく持ち上がっていき、その先にある巨大な空間と繋がったのだった。
すぐに魔物の襲撃に備えて臨戦態勢となるボクたち。
しかし、数十秒経ってもぽっかり空いた通路の先から何かが飛び出してくるようなことはなかったのだった。
「……わたしたちの近くに魔物の気配はありません」
〔警戒〕で周囲を探ってくれたネイトの声が聞こえたことで、ようやく一つ息を吐いて気を緩める。
「……ガーディアンを倒さんと先に進めんようになっとるやなんて、えらい厳重な仕掛けやなあ」
先に進むための鍵となるアイテムを貰えるのが、この地下遺跡の入口が開くと同時に現れたガーディアンからというのは……、偶然などではなく、当然そう仕組まれていたのだろう。
「ガーディアンと戦わずに逃げ込んでくるような者では、ここに進む資格はないということでしょうか」
「そこまでするだけの何かがこの先にあるということですの?」
ネイトの呟きにミルファが慄くような調子で疑問を口にする。
「まあ、脅しかただのハッタリなだけかもしれんけどな。……それでもまたあいつみたいなんが出てくるかもしれんちゅう覚悟はしといたほうがええで」
エルの助言に気を引き締め直すボクたち。そして誰ともなしに頷き合うと、新たに開いた通路の先へと足を向けた。
「ふわあ……」
思わず歓声を上げてしまった理由は後で説明するとして、そこは右側へと長々と続く広く大きな空間だった。
横に二人並んでしまえば一杯になりそうだった先ほどまでの通路とは異なり、優に五メートルくらいの幅がありそうだ。そして今回も相当な奥行きがあるようで、例のごとくエルの頭上に発生させた明かりだけでは到底照らし出すことはできず、少し離れた先では暗闇に覆い尽くされてしまっていたのだった。
頭上と言えば高さもかなりあって、横幅のおよそ二倍くらいの十メートルはありそう……、
「って、っちょっと待ったー!」
いきなり大声を発したボクに、何事かと仲間のみんなが注目する。
「ここでその高さはおかしいでしょう!?」
突っ込んでしまったことにはそれなりの理由がありまして。
実はボクには何気なく何かを数える癖があるのだ。ほら、テストの見直しを終えた後とか、ふとした拍子に手持ち無沙汰になってしまった時に、壁のタイルの数だとか目に付いたものの数を数えたりすることってあるよね。
簡単に言うとそういうやつのことです。
ただボクの場合は癖であるとはっきり認識しているように、日常のちょっとしたこと、例えば歩数や自転車のペダルを踏み込んだ数等々も数えてしまっていたのだった。
そしてその癖が最後に発揮されたのが、この地下遺跡へと降りて来る際の階段だった。
確かその時の記憶によれば階段の段数は四十程度だったはずだ。下りる時に苦労した覚えもないので、段差や一段ごとの幅などはリアルと同程度の一般的なものだったと思われる。
だとすれば段差はおよそ二十センチ前後となるはず。少し高めの二十五センチと仮定しても、掛ける四十段で十メートルにしかならない。
つまりこの空間の天井の高さは明らかにおかしく、どのようにしても地上に影響が出てしまうということになるのだった。
ということを一生懸命に説明した訳ですが……。
「ふうん。まあ、魔法で見た目を誤魔化しとるとか何とかしとるんやろな」
今のエルの台詞からも分かるように、明らかに「割とどうでもいい」感満載でみんなからは流されてしまったのだった。
むむう……。いいもん。
後で運営に問い合わせておくんだから。
「それよりもリュカリュカ、わたしたちが今気にするべき点はあちらですわよ」
そんなボクの企みをまるっと無視して、ミルファが片手で指し示したのはボクたちが潜り抜けてきた仕掛け扉の正面、この広い空間の奥に向かって左手側の壁に大きく描かれた絵だった。
実はここに入って来たばかりのボクが感嘆の声を上げてしまう原因となったのもこれだ。
色褪せずにカラフルな色合いのそれは、最低でも百年以上も誰の目にも触れていないとは思えないくらいに鮮明さだった。
斜め上から見た鳥瞰図とでもいうのだろうか、恐らくは海だろうと思われる一面の青の中心には島が浮かんでいた。
それだけ聞くとまるで南国のリゾート地のようだけど実は違う。
島の大半は人工的な建物で覆われていて、中にはリアルでの高層ビルのような背の高いものまで含まれていた。
かといって全く緑がない訳ではなく、大半の建物の周囲には木々が植えられているし、水源確保の名目もあるのか所々に広大な緑化区域もこしらえられていた。
つまりは、緻密な都市計画を元にして作られた街であるように感じられたのだった。
「大作って言っても過言じゃないよね」
ボクの言葉にみんなが頷くことで同意する。縦横それぞれ四メートルはあろうかという壁画には、まるで目にした光景を全て書き写そうとしたかのように細い路地や看板といった小物類まで描き込まれていた。




