26 難問は突然ふりかかる
「話は変わりますけど、騎士団とはどんな関係があるんですか?」
この『猟犬のあくび亭』は、どこにでも、とまではいかないにしても、極ごく普通の食堂兼宿屋にしか見えない。
だけど、女将さんや厨房のおじさん――「料理長と呼んでくれ!」――の様子から、かなり気安い雰囲気だと分かるし、昨日こちらに案内してくれた騎士の人も繋がりがあると話していた。
「別にそんなに大層なことじゃないよ。昔うちの人が騎士団にいたことがあるのさ」
「ほへー。そうだったんですか」
女将さんの言葉に改めて料理長を見てみると、荒事でもドンとこい!と言えるようながっしりとした体つきだった。
「昔の話だ」
一言だけそう言った料理長は渋い顔をしていた。何か辛い過去があるのだろうか?
だけど、その割に女将さんの方は含み笑いを漏らしているんだよね……。悲惨な話というよりは、本人にとって苦い話ということなのかもしれない。
ちなみにボクがその理由を知ることになるのは、かなり先のことなのだけど……、まあ、それについてはまた追々ということで。
「そういえばお嬢ちゃ、じゃなかったリュカリュカ。今日は冒険者協会へ行くんだったかね?」
ドレッシングの使用契約を交わしたことで、女将さんたちはボクのことを駆け出し未満の冒険者から、対等な商売相手へとランクアップしてくれたようで、呼び方も変わっていた。
「そうですよ。できればその後に武器屋や道具屋にも寄るつもりです」
そのことをちょっと嬉しく思いながら、今日の予定について話していく。
一言でいえば冒険の下準備だ。もしも時間に余裕があれば、一番簡単な依頼にも挑戦してみたいところだね。
「実はリュカリュカが下りてくるのと一足違いで騎士団からの使いがあってね。案内役の騎士がもうすぐ来ることになっているから、このまま少し待っていてくれとさ。絶対に一人では出歩かないようにと言っていたよ」
そういえば昨日の別れ際にもそんなことを言われた気がする。
「クンビーラの街から出る訳でもないのに騎士が警護に着くということか?随分と大袈裟だな」
「あんた、それはきっと建前ってやつさね」
「うん?……ああ、そう言うことか。小僧どもも一丁前に色気づいてきやがったか」
ボクの方をチラリと見た後、夫婦そろって「にっしっし」と笑い始めたのだけど、一体何の話なのだろう?
「違いますよ!リュカリュカさんは今やクンビーラの救世主ですから、おかしな連中が近づいて来ないように目を光らせておかなくてはいけないんです」
入って来て早々にそう言ったのは、騎士の鎧を身に着けた二十歳くらいのお兄さんだった。兜に角がないので、平の騎士だろうと思われます。
……いや、うん。不穏当な言葉が飛び出してきたことにはちゃんと気が付いておりますですよ。
でもほら、さりげなく流してしまえばなかったことにできるかもしれないし。
「グラッツか。……救世主様の護衛をするには役者不足じゃないのか?」
うわー……。料理長まで救世主とか言っている。昨日の一件がどこまで広がっているのか不安になってきたよ。
「いつまでもひよっこ扱いしないでください!これでも先日、十人隊長への昇格試験には合格しているんですから!」
騎士さんが言い返すも、料理長はどこ吹く風だ。むしろその目は楽しそうに笑っていた。
このお兄さんには悪いけど、これは完全に勝ち目はなさそうだ。
「そうやってすぐにムキになるからひよっこだと言われるんだよ」
「うぐ!?」
「……だがまあ、十人隊長に昇格しているなら何とかなるだろう。グラッツ、何があってもリュカリュカを守り抜けよ」
「は、はい!もちろんです!」
しかも上手くフォローすることで、よりやる気をアップさせている。年季の違いというものをまざまざと見せつけられた気分だ。
「リュカリュカ、こいつが一緒だから大丈夫だとは思うが、それでもしつこく言い寄ってくるやつがいたら『猟犬のあくび亭』を出すといい。大抵の相手はそれで引き下がるはずだ」
「あ、はい。分かりました」
この時のボクはまだ料理長の秘密を知らなかったため、心の中で「この人いったい何者!?」と思っていたのでした。
「今日一日案内をさせていただくグラッツです」
「リュカリュカ・ミミルです。この子はエッ君。よろしくお願いします。」
ぺこりと軽く頭を下げてお互いに挨拶をする。
「ええと、リュカリュカさん。申し訳ありませんが先にこちらの用を済まさせてもらって構いませんか?」
「用?ええ、いいですけど?」
「それでは……、こちらを収め下さい」
グラッツさんが差し出してきたのは金貨が詰まった革袋だった。
「……はい?」
「ブラックドラゴンを止めて頂いた謝礼金です。後日公主様から正式に支払われることになりますが、それまでの繋ぎだそうです」
ええと……、ざっと見ただけでも三十枚は入っているように見えるんですが……。
金貨一枚で一万デナーとなるので三十万デナー!?リアル換算すると、そこからさらに十倍になるから……、三百万円!?
「やはり少なかったでしょうか?」
え?何言っているの、この人?
「ご不満ということであれば、どうか無理をせずにおっしゃってください。今からでも城へ行き、担当の者と協議してまいります」
「いやいやいやいや!違いますから、ちょっと待ってください!」
大金を前に硬直してしまったボクの態度を、百八十度反対に捉えたグラッツさんが席を立とうとするのを慌てて引き止める。
「しかし――」
「いいから座りなさい!」
「は、はい!」
ボクの一喝を受けて、椅子に座り直すグラッツさん。その背筋はピンと伸びていて、正しい姿勢のお手本のようになっていた。
ちなみにそれを見たエッ君が真似をしてテーブルの上で直立不動の体勢を取っていた。可愛い。
「最初に言っておきます。謝礼金多過ぎ!こんなに貰っても持て余すだけですから何とかしてください!」
「で、ですが、ブラックドラゴンという脅威を取り除いてくれた恩人に、一時金とはいえ少額を渡す訳にはいきません」
「そこをなんとかうまい方法を考えてください!でないとボク、この街から出ていきますから」
「それは困るよリュカリュカ!グラッツ、何とかしておあげ!」
「うええ!?女将さん、無茶言わないでください!」
「バカ野郎!今リュカリュカにいなくなられてみろ!せっかく大人しくなったブラックドラゴンがまた暴れ始めるかもしれないんだぞ!」
あー、思い込みが激しかったあのブラックドラゴンなら、おかしな勘違いをしても不思議ではないかも。
「そ、そんな……。リュカリュカさん、どうか考え直してください!」
「だからそのために謝礼金をなんとかしてくださいって!」
まったくもう、本当に、どうしてこうなった!?




