243 真相
運営が危惧していた展開とは、両ゲームプレイヤーの対立が悪化アンド激化することによって、巻き込まれたくないとその例外のプレイヤーたちが離れて行ってしまうことだった。
プレイヤーは参加者であると同時に顧客だ。少なくなってしまえば新たに世界を広げることはおろか、最悪現状を維持することすらできなくなってしまうのだ。
過疎化で限界集落となってしまうのが怖いのは、リアルだけではなかったということだね。
そもそもの事の発端は『笑顔』の姉妹作として『OAW』がリリースされることが正式に発表された頃にさかのぼる。
その頃から公式掲示板などに『笑顔』と『OAW』をそれぞれ貶すような書き込みが現れ始めたのだとか。もちろん運営も見てみぬふりをしていた訳じゃなく、最初はプレイヤーを装ってそれとなく打ち消すような内容の書き込みを行っていたそうだ。
しかし沈静化するどころか、逆に対立を煽るようなやからまで登場してくることになってしまった。慌てて運営として注意などを行ったが、その頃になってしまうと対処療法的な対応ではもう何をやっても焼け石に水で、結局先日の合同公式イベントの時まで続く対立関係間が生まれてしまったのだった。
と、これだけ書くと単なる運営の不手際のようだが、実際のところはもう少し複雑な事情があったのだそうだ。
例えば発端となった書き込みだが、事情を知っている状態で見返してみると確かに『笑顔』と『OAW』のそれぞれを誹謗中傷するような内容と思えるものだ。
が、そうした事前情報がないと、単なる現行システムへの愚痴や新規ゲームへの要望にしか見えないようになっていた。
同時期に『笑顔』だけに限らずオープンワールドタイプのVR型MMORPGに対して、「リアリティある世界観を求めるあまりゲーム的な楽しみが二の次になっている」といった批判的な意見が多発していたことも影響していた。
本来は『OAW』がそうした意見の受け皿として機能するはずだった、まあ、実際にある程度はちゃんと機能していた訳だけれど、例の対立によって売り上げ、特に『笑顔』プレイヤーの参入数は予想よりもはるかに小さいものとなってしまっていたのだった。
はい。ここ重要なポイントですよー。
どのくらい重要なのかというと、学校の授業なら間違いなく次の定期考査に関連する問題が出るくらい大事!
つまりですね、『OAW』というゲームは『笑顔』をプレイしていた、もしくは始めたはいいもののどうにもそのシステムにはついていけない、というプレイヤーこそをメインターゲットとして考えられていたのだ。
『OAW』を経由して『笑顔』に新規プレイヤーを呼び込むという狙いもなくはなかったけれど、あくまでも二番目以降の目的だったという訳。
それなのにいざ『OAW』がスタートしてみると、受け皿になるどころかお互いに貶し合ってすっかり対立してしまっている始末だ。
もちろん全体から見ればこうした人たちは少数派だったけれど、それでも彼らの起こす騒動はいたるところに影を落とし続けることになった。
さてさて、すっかり後手に回ってしまった両ゲームの運営ですが、そのまま手をこまねいているだけではなかった。
掲示板に書き込まれた際のIDからキャラクターやその中の人、そしてログインに使用した機械とその在り処などなどを徹底的に調べ尽くしていったのだ。
ちなみに、イリーガルギリギリな手段を取ったこともあったそうです。うん、本気でそんな話は聞きたくなかったよ。
そして、ある事実を突き止めた。煽りや対立を行っていた主要メンバーのほとんどが、とある企業に関係していることが判明したのだ。
その企業というのはVR型のMMORPGを開発運営しているいわば同業者であり、近々『笑顔』に対する『OAW』のような姉妹作品を発表しようとしていたのだ。
ここまでくればもうお分かりだろう。要するにこの対立はライバル企業による裏工作によって仕組まれたものだったのだ。
そしてそんな身中の虫な連中を根こそぎ一気に退治するべく計画されたのが、今回の合同公式イベントだったという訳。
ライバル企業の関係者は全員――実はこっそり『OAW』側でも同様の処置が行われていた――アカウントを削除され、後は事情をどこまで知っているかによってアカウントの停止、キャラクターの没収、ゲーム本編へのログイン不可期間、公式イベントへのログイン不可といったペナルティを与えられたのだそうだ。
それだけでは終わらず、リアルでの当局への通報に加えて該当のライバル企業には相応以上の報復が行われたとかなんとか。
あー、そういえばこの頃に突然経営の悪化が起きて、事業の縮小を余儀なくされた会社がいくつかあったような……。
と、そんなことが起きたりしていたのでした。
まあ、こうした詳しい話をボクが知ったのは随分と後になってのことで、この当時は「変な人がいなくなったようだし、これからは平和に『笑顔』の人たちとも交流できるようになるのかも」くらいにしか考えていなかったのでした。
「ところで優ちゃん、『笑顔』もやってみる気はないかな?」
ふいに、真向いの席に座る里っちゃんからそんな質問が飛び出してくる。いつかは来るだろうと思っていたことだったが、まさかこのタイミングで聞いてくるとはね。
そんな風に考えてしまったのは当然理由がある。実は公式イベントへの参加や、その直前の『異次元都市メイション』での活動で、たくさんのプレイヤーの人たちと交流することに楽しみや関心を覚えてしまっていたからだ。
小難しそうに語ったけれど、一言でいえば『笑顔』にも興味を持ってしまっていたのです。
「せっかくのお誘いだけど今は止めておくよ」
が、ボクの口から飛び出してきたのは賛意を示す言葉ではなかった。
「どうして?」
「まだまだ『OAW』にもたくさんやり残していることがあるから、かな。むしろようやく導入部分をクリアしたばかりのような気もするし」
スタート地点だったクンビーラ以外の街へと到着したのはつい先日のことだし、レベルに至ってはようやく二桁の十になったばかり。
「……そっか。まあ、『テイマーちゃんの冒険日記』が読めなくなるのは寂しいものね」
そういってニコリと笑う里っちゃん。
そういえば一通り読んでくれていたのだっけ。
「と、とにかく!そういうことだから、しばらくは『OAW』の方で頑張ってみるね」
「うん。ちょっと残念だけどそういうことなら応援する。でも、いつかはまた向こうでも会いたいよ」
「それはボクも一緒だから」
言葉尻だけを捉えると、まるで離れ離れになる恋人同士のようだと気が付いたのは、お昼ご飯のクラブサンドウィッチセットを食べ、その後に図書館へと移動して勉強を教わって、さらには本屋さんで参考書選びにまで付き合ってもらい、「次に会うのはお盆の時くらいかな」なんて話をして里っちゃんと別れた後の事だった。




