238 本格的(口)喧嘩
その後のボクとテイムモンスターチームvsユーカリちゃんの戦いは一進一退を繰り返す展開となっていた。
数を頼りにボクたちが押し込んだかと思えば、高レベル由来の能力値等で押し返す。
逆にあちらが持ち前の鮮やかなプレイヤースキルで切り込んでくれば、こちらは連携で切り結ぶ、といった具合だ。
そうそう。彼女が使っていた例の闘技だけど、やっぱり〔気功〕技能で正解だった。
ただし、自分へのバフだけでなく、
「【発気功】!」
「にょわあ!?」
遠距離攻撃ができる闘技まで習得できる極悪なものでした。先に【堅気功】を見ていなかったら危なかったかもしれない……。
そんな一見すると膠着状態のまま時間は過ぎていき、ついに残り十分となっていた。
回復等のために時折交代で戦っているボクたちとは異なり、ユーカリちゃんは延々戦い続けていたにもかかわらず、だ。
肉体的疲労は感じ難くなっているとしても、精神面はそうもいかないのが普通のはずなのに。まあ、一発KOの危険が常に付きまとっているボクたちと、数発くらいではものともしない彼女とでは感じている重圧の大きさが桁違いである可能性はなくもないのだけれど。
「つっ……。やっぱり複数人を相手にし続けるのはキツイわね」
「そんなこと言いながら、しっかりこっちの攻撃に対応してきているくせに!」
あの攻撃以来、ユーカリちゃんの行動を読みきることができずにいた。ボクが前に出過ぎるのをうちの子たちが嫌がっているためだ。
いくら付き合いが長いからと言って、それだけで考えが把握できるほど彼女は単純でなければ甘くもない。同じ状況下でギリギリの緊張感に苛まれる中で、ようやく薄ぼんやりと見えてくるくらいなのだ。
そうしたこともあって、ボクのストレスはいつの間にか増大していた。
そして回復のために下がったリーヴに代わって正面から彼女に向き合った時、ついにそれが爆発してしまうことになる。
「あー、もう!避けるな、逃げるな!」
連続で振るったハルバードをスッ、ヒラリ、カキンとかわされいなされたことで、思っていたことが口をついて出て行ってしまったのだ。
「無茶言わないで!そんなことしたら負けちゃうじゃない!」
「いいじゃない、一回くらいボクに勝たせてくれたって!」
「そんなこと言って、わざと負けたら怒るくせに!」
「そんなの当たり前でしょ。ボクは本気のきみに勝ちたいの!」
「もう、言ってることが滅茶苦茶よ……」
はっきり言って、ここまでは単に売り言葉に買い言葉だった。
が、ここからは別だ。
呆れたように肩をすくめる仕草に、自分の怒りの段階が一つ上がったことを理解させられた。
「だから、そうやって大人ぶって冷静を装っているところが腹立つんだよ!」
「何よ!子どもみたいに駄々をこねて暴れるよりはよっぽどマシでしょ!」
ヒートアップしたボクに釣られるように、ユーカリちゃんのボルテージも上昇していく。
「はん!そんなこと言って、カッコつけてただ自分に酔っているだけでしょうが!」
「はあ!?人の気も知らないでよくそんなことが言えるわね!」
「何も言ってくれないんだから分かる訳ないじゃん!」
いつしか武器を振るうのも忘れて、ボクたちは額を突き合わせるようにして二人で「うー、むー」と唸り合っていた。
いきなり始まった本物の姉妹喧嘩――本当は従姉妹喧嘩だけど――に、うちの子を筆頭に周囲の人たちは唖然として固まってしまっていたのだった。
そんな中、数少ないまともに試合を進めていたプレイヤーの一人が、あるマスへと足を踏み入れた。
そこはスタート地点を除いた二つある角のマスの一つだった。位置的には二つのチームが入り乱れた場合には最前線となるも、ボクたちのいる中央からは離れているということもあって、これまで放置されていたのだ。
「で、でたーーーーーー!!!?」
遠くからそんな声が聞こえてきたかと思うと、SF映画やロボットアニメなどで聞き覚えのある「ヴィーウン!ヴィーウン!」という警報が鳴り響く。
さらに視界全体が薄っすら赤く染まり、『WARNING!』の文字が宙に踊る。
そして浮かび上がるようにして巨大なロボットが現れた。
「うげっ!ここで隠しボスかよ!?」
「凄く、大きいです……」
「いや確かにネタとか関係なく普通にでかいわ。これまでに戦ったやつら、よくこんなのに突っ込んでいけたな。まじで怖えんだけど……」
という会話があちらこちらでされていたとか。
ちなみに、血の気の多い人はリスタートペナルティがなくなっているのを良いことに、さっそく突撃してプチっとやられていたそうです。
いや、せめて頑張って一太刀くらいは当てようよ……。
さて、周囲でそんなことになっている間もボクとユーカリちゃんは顔を突き合わせたままだった。
ここまでくると先に目を逸らした方が負けのような気分になっていたんだよ。
「むー、むむむむむ……!!」
「ふんぬぬぬぬぬぬ……!!」
唸り声を上げながらひたすら相手に向かって睨み付け続ける。
どすーん!「うわあ!?」どしーん!「きゃあ!?」どごーん!「ばるす!?」ずしーん!
「やかましいわ!」
「うるさいわね!」
こんなに騒がれては、おちおちとにらみ合いも出来やしない!
「エッ君!〔不完全ブレス〕の使用を許可します!」
いきなり名前を呼ばれてビクンと跳ねた後、「いえっさー!」と敬礼するかのようにビシッと直立不動となるエッ君。
巨大ロボの方へと向かうと、その卵ボディの前方、数十センチ離れた場所にまばゆい光が集まり始めた。
「【連気法】!」
一方、そんなボクたちの隣ではユーカリちゃんが体中から光る靄のようなものを出していた。
そして……、
「やっちゃえ!」
「【発気功】!」
その言葉を合図に二筋の光が巨大ロボへと向かって走る!
おや?途中で巻き込まれた人がいたような……。うん。今はもう見えないからきっと気のせいだね!
一瞬で目的地へと到着したそれらは、それまでとは比べ物にならないくらいの眩さとなり、ドッカーン!!と大きな音を立てて消えていったのだった。
後に残ったのは腹部に大穴が開いて今にも崩れ落ちそうになっている巨大ロボと、急展開に付いて行けずに「えええええええ…………」と困惑したような、もしくは嘆くような声を弱々しく発するプレイヤーの皆さんだけだった。




