233 最後の切り札
「ようやく出番ですのね!」
「ふう。どうにもまだこの体には慣れませんね」
ボクの呼びかけが終わったと同時に現れたそれは、楽しげな声を響かせながら瞬時に行動を開始していた。
「まずは……、受け止められないことには話になりませんね。【ガードアップ】!」
一人はその場から動かずリーヴに向かって物理防御力を上げる〔強化魔法〕をかける。
「一番手はいただきますわね!」
対して、もう一人は防御役のリーヴどころかボクやエッ君まで置き去りにして一足早くユーカリちゃんへと殺到していた。
「な、なに!?」
この展開には彼女も驚いたようで、大きく見開いた眼で近付いてくるその小さな人影を見つめていた。
「【ピアス】!」
「くっ!」
それでも急所を狙ったその一撃を的確に払いのけるのだから、さすがとしか言いようがない。
いやホント、ボクとしては倒すことはできなくとも痛撃くらいは与えられると確信していたのにさ。しかし、せっかくの絶好のチャンスをこれだけで終わらせるつもりはない。
「リーヴが到着するまでは手数重視で翻弄して!その後はダメージ次重視に切り替え!リーヴは防御主体で!【ウィンドボール】!」
もうすぐ辿り着くという二人に指示を出して、ボク自身は反撃の予兆を見せるユーカリちゃんを牽制するため魔法を放つ。
「ちっ!」
小さく舌打ちしながら反撃を諦めすぐさま飛び退るコアラ耳の彼女。破裂して影響が出る範囲が分かっていたかのようにその少し外側へと避難していた。
その感覚の鋭さに思わず舌を巻いてしまいそうになるが、まだこちらのターンは終わっていない。
意識を攻撃に切り替えないと。
尻尾と両脚によるエッ君の【三連撃】は避けられたが、その直後の反撃は到着したリーヴの【ハイブロック】によってしっかりと受け止められていた。
が、むしろ防御力が上がっているはずなのにそこまでしないと止められなかったのか!?と少しばかり青くなる。
「今ですわ!【スラッシュ】!」
「痛っ!」
動きの止まった瞬間を狙って、エッ君より一回り大きな人影が左手に持つ短剣でもって切りつけたことで、ついに小さいながらもダメージを与えることができた。
「それに続いて!ってズルい!ボクの攻撃にも当たってよ!」
「そう何度もやらせないわよ!」
むむう……。
今の会話でお分かりの通り、その後のボクの攻撃は彼女の持つ刀の微かな動きでするりと受け流されてしまったのでした。
しかし直後リーヴによる剣の攻撃に対応せざるを得なくなったため、苛立った声を浴びるだけで危険区域から脱出することができたのだった。
「エッ君に【アタックアップ】です」
どうにも押しきれない状況に不安を感じ始めた頃、最初の魔法以降後方で推移を見守っていた最後の一人が現状を打破するための一石を投じてくれた。
それを待っていたかのようにエッ君の小柄な体がユーカリちゃんの足元へと潜り込む。
「しまっ――」
クルリと縦回転したかと思うと、ガツン!ともバチン!とも言えないような強烈な破裂音を残して、彼女の体が弾かれたように後方へと数メートル移動する。
どうやら刀の側面で防御した、って刀はそんな風に使えるものではないと思うんだけど!?
「つう……。咄嗟に後ろに飛ぶことができて助かったわ」
「いやいや。それでもほぼ無傷なのはおかしいから。普通なら刀ぽっきりだから」
先ほどのエッ君の一撃、尻尾サマーソルトな【昇竜撃】は、例えるなら巨大なハンマーでぶん殴られるようなものだ。
普通であればどんなに粘り強いと称される刀でも、一発でダメになってしまうはず。これはそもそもの使用方法が間違っているのだから当然の結末というやつなのだ。
ところがどっこい、この非常識ブレードはというと、ひび一つないどころか歪み一つ発生していないようだった。
その理由としてゲーム全体の設定なのか、それともプレイヤーメイドによる特別に高性能なためなのかは不明です。
「全く、なんて非常識だ」
「それをあなたが言う?そんな非常識な存在ばかりを連れておいて」
衝撃で痺れた――痺れるの?――のか、手をプラプラさせながらユーカリちゃんが不機嫌そうに言う。
「エッ君関係の文句をボクに言われても困るよ」
「そっちじゃないわよ」
「うん?リーヴのこと?」
「わざと誤魔化さないで。そっちの新顔二人?のことよ」
てとてととボクの周りに集まってきたうちの子たち、ユーカリちゃんの目はその中の二人を射抜いているかのようだった。
「先に言っておくけれど、気になっているのは私だけじゃないから」
周りを見てみろと視線だけで訴えてきた彼女に従ってぐるりと周囲を見回してみると、見える範囲にいるプレイヤーたち全員が唖然とした表情で硬直してしまっていた。
中には震える指でこちらを指さしながら、金魚か何かのように口をパクパクさせている人までいる。
そんな視線に耐え切れなくなったのか、一人がボクとリーヴの陰に隠れるように動いていた。
「納得のいく説明をしてもらわないと、試合どころじゃないわよ」
「えー……」
「えー、じゃない。それと会場の外はとんでもない大騒ぎになっていると思うわ」
心底面倒臭いという気持ちをダダ洩れにしてしまったボクに、ユーカリちゃんがピシャリと言い放つ。確かにここですらこうなのだから、好き勝手なことを言える外野ではきっと大騒ぎになっていることだろう。
ボクのテイムモンスターであると知られていたエッ君とリーヴですら、昨日は大騒ぎになったのだ。新顔ともなればそれ以上となっていたとしても何ら不思議ではない。
「緊迫した空気感が薄れてしまうけど、仕方がないか……。それじゃあ、ちょっと場違いだけど自己紹介をといきますかね」
言いながら右腕と左腕でそれぞれ一人ずつ抱き上げる。
それは五十センチほどの大きさの人形だった。
「こっちのボクの右腕にいるのが、ちびミルファ。通称『チーミル』で、左腕に抱いているのがリトルネイト。通称『リーネイ』だよ」
「ちょっと、リュカリュカ!わたくしはその呼び名に納得していないのですからね!」
「こ、こんにちわ。リーネイです」
ボクの紹介に対して全身で抗議しているかのようにジタバタともがくチーミルに対して、ちょっぴりおどおどとしながらもしっかりと挨拶をこなすリーネイ。
なんとも対照的な反応を示す二人だった。
やっとあの人形の伏線を回収することができました。
そしてリュカリュカちゃんはまたしてもモフモフをテイムならずです。(笑)
二人の能力値等については今後の本編で紹介していく予定です。




