230 閉じ込めていた想い
ついにその時がやって来た。
「ふっ!」
小さく息を吐きながら脚へと力を込める。試合開始までのカウントダウンが終わるや否や、全員が一斉にスタート地点から飛び出して行った。
手近なマスから自陣地化していこうとする人、相手チームの進攻を防ぐ壁になるために前へ前へと向かう人などその動きは様々だ。
ボクはというと、前線を構築しようとする人たちに紛れて濁流のような勢いの人の流れに必死になって付いて行っていた。
おかしいなあ。ユーカリちゃんとの開始前のやり取りを見ていた人たちから、スタートするには一番良い位置を譲ってもらっていたはずなのに、あっという間に追い抜かれてしまっていた。
レベル差による能力値の違い恐るべし!
少しでも軽くしようと装備品を初心者用の防具セットに変更したことすら無駄なあがきだったように感じてしまう。いやいや、こういう小さな積み重ねが最終的には大きな違いとなって現れるのだ。多分……。
微妙に凹んだ気分になりつつも足は動き続けていて、いつの間にか一つ目のマスを通り過ぎていた。そしてその頃になると、周りにいた人たちとの距離が開いていることに気が付く。
どうやらボクたちの戦い、というよりユーカリちゃんの流れ弾が飛んでくるのを恐れているもようです。まあ、邪魔が入らなくていいんだけどさ。
実力が知られえていないという割に、怯えられているようなのがちょいと疑問。何か本人の知らない変な噂がロンリーウォーキングでもしているのだろうか?
などと考え事第二弾をしている間に二つ目のマスを通過!
昨日も思ったことだけど、息が上がることがないのでスピードの低下もなくひたすら足を動かしていられるっていうのはいいよね。
ちなみにこちらはロボットマスだったので、戦闘になっている人たちと、
「ここは俺たちに任せて先に行け!」
「必ず追いついて来てね!」
定番なネタ台詞を交わしております。
余裕か。
さらに三マス目もロボットマスだったから同様のことを繰り返し、……だから余裕か。
「『テイマーちゃん』!ラストはスイッチだ!陣地化したら俺たちは避難するから頑張ってな!」
「了解です!皆もご武運を!」
「ちょっ!?なんだか逆に危険なものを感じてしまう!?」
「言葉の選択自体は間違っていないはずなのに、なぜだか不安になってきた……」
そんなこと言われても困る。こちらとしても場面的に合っているようだから言ってみただけだもの。
そんなボクたちのやり取りがウケたのか、視線の先にいる人の肩が小さく震えているのが分かる。
が、こちらへと突っ込んできているそのスピードは落ちることはなかった。こういう時にはVRの便利システムが恨めしくなるね。
ええ、身勝手ですが何か?
マスの中央にあるスイッチの横を通り過ぎた時には、競争相手、ユーカリちゃんとの差は歴然としていた。
およそ十メートル分は向こうの方が早い。
「むう……。悔しいけどリュカリュカだけの力じゃ追いつけないか」
このままだと負けると思った瞬間に、ボクの口からはそんな言葉が漏れ出していた。
……うん?
悔しい?ってまさかボクが!?
とかくリアルでの里っちゃんとの本気の勝負において、ボクが彼女に勝てた試しはない。
どれだけ全力を尽くそうとも、どれだけこっそりと隠し玉を用意しておこうとも、あの子はひょいっと飛び越えてその先へと行ってしまうのだ。
いつしかボクは「勝てなくても仕方がない」、「負けて当然」だと思うようになってしまっていた。そして……、形だけの勝負だけしかしないようになった。
だけど、
「そっか。そういうことだったんだ」
違ったんだ。
追いつけないことが悔しくて。努力が報われないことが悲しくて。挑戦するのを止めてしまっていただけなんだ。
そして何より、本気じゃないなんてうそぶいていたのは……。あの子を一人ぼっちにさせてしまうことが辛かったから。
彼女のいる場所には辿り着けないと理解してしまうのが怖かったからだ。
はあー……。まさかこの土壇場でこんな大切なことを、しかもリュカリュカから教えられることになるとはね。
「ああ、もう!ホント自分が嫌になる!」
何が「同じ景色を見てみたい」だ!
本当に同じ場所になんて立とうともしていなかったくせに!
果たしてそれを聞かれたからなのか。たった一人でどんどん近付いてくるユーカリちゃんが怪訝な顔をしているのが見えた。
刹那、負けたくないという想いが燃え上がった。
「リーヴ!エッ君!」
叫んだと同時にほんの少しだけ前方に親愛なるテイムモンスターたちが現れる。
が、さすがにこちらの動きをトレースしたりはしていないようで、すぐさま追い抜いてしまった。
「リーヴ、お願い!エッ君ごめんね。気を付けて」
漠然とした指示だけど、これまでずっと一緒だった二人ならこの言葉の意味を理解してくれるはず。
その証拠にすれ違った瞬間、目の端に小さく二人が頷いているのが見えた。そしてボクは改めて前方へと意識を集中する。
対するユーカリちゃんは、エッ君たちを呼んだことでこちらが何かしでかすと理解したのかワクワクした表情となっていた。
ここまでストレートに楽し気な笑顔を見たのは久方ぶりな気がする。
やはり気が付かないふりをしている間に、彼女にも無理をさせていたのだ。そう思うと心がちくりと痛んだ。
でも、今はそれを見せるときじゃないから。
一旦は全ての想いを飲み込んで、ぐっと両脚に力を入れる。
それでも一度開いた差を縮めることはできなくて。
当然だ。リアルでだってそう簡単に奇跡なんて起こせはしない。ましてやここはゲームの世界。純然たるデータが支配する場所なのだ。
まあ、多少は感情に基づいた振れ幅が設定されているような気もするけれど……。
ともかく、現実以上に数値が重要であり、数字が大きな決定権を持っているのだ。劣っているはずのボクが巻き返すことなんてできはしない。
そう。
ボクだけならば。
突如、ボクの横を後方からばびゅんと猛スピードで追い抜いていくものがあった。図らずとも正面からそれを見ることになったユーカリちゃんの目が大きく見開かれる。
「うわっと!?」
そして直後、がしっとその腕の中に抱き留められたのは、真っ白すべすべボディと濃緑色の両脚と尻尾。つまり、エッ君だった。
「テイムモンスターを出してくるだろうとは考えていたけれど、こんな手でくるとは正直完全に予想外だったわ……」
「ちぇー。良く言うよ。それだけやってもようやく引き分けなんだからさ」
エッ君を抱いたモフモフコアラ耳フードのユーカリちゃんが立っていたのは、マスの境界線の交点、ボクたちの目標地点であるフィールドのど真ん中だった。




