224 快適観戦空間
アウラロウラさんが帰っていった直後、公式イベント二日目午前中のエキシビジョンバトルのスケジュールが改めて発表された。
それによると十時からスタートで前半五十組同士、後半四十九組同士の対戦の後にボクやユーカリちゃんがいる特別チームの対戦という三部構成となるようだ。
試合時間は三十分で休憩時間の五分を挟んで後半戦に移り、同様の手順を経て特別チームの対戦となる。なので、ボクたちの出番は十一時十分からということになるね。
ちなみに、試合結果の発表は午後からの本番終了後、表彰式の時に一緒に行われるとのこと。
なんでも、隠しボスの保有ポイントを内緒にするためなのだとか。お茶目か。
加えて、追加のルール変更についても告知されていた。
それは試合開始から十分経過で敗北後の一分間待機というリスタートペナルティがなくなるというものだった。
ボクも昨日の本番の時に嫌というほど味わう羽目になったけど、この一分間の行動不可時間は地味に辛かった。
チームメンバーとのチャット内会話こそできるものの、それ以外はどんなに押されていようが負けそうになっていようが、ただ眺めているだけしかできない。
この無力感や精神的な重圧は多くのプレイヤーにとって想像以上のものだったらしく、掲示板の「改善して欲しいこと」という話題の常連となっていたのだそうだ。
こうした経緯もあって、エキシビジョンバトル限定ではあるけれど、このルール変更は好意的に受け入れられることになる。
特にレベルや技能熟練度が低い『OAW』プレイヤーは、トライアンドエラーのような形で繰り返し突撃していかなくてはいけない可能性が高いこともあってか、もろ手を挙げての大賛成といった状況だったらしい。
と、一見すると『OAW』側に有利なルール変更だと思われそうだけど、実はこれ、『笑顔』側にも十分以上のメリットがあるものだった。
先にも述べたように、リスタートまでの待機時間がなければその分だけ突撃を行えることになる。逆から見ればそれだけ多くの回数敵プレイヤーを倒すことができるということでもあるのだ。
基本的にレベルが高く、相手プレイヤーを倒しても獲得ポイントが少ない『笑顔』側としては、なるべくたくさん倒さなくてはいけない。今回のルール変更は、そういう状況にもしっかりと合致していたという訳だ。
これは後から知ったことなのだが、運営の一番の目論見としては戦闘に積極的ではないプレイヤーに無理矢理襲い掛かるような展開を減らすことだったらしい。
戦闘に積極的な人が繰り返し突撃していくことで戦線を固定化させて、ある程度の安全圏を確保させることが狙いだったようだ。
最終的にこの目論見の通りに推移し、今イベントでの一番の成功事例として運営内で評価されることになるのだった。
時間は進み、前半五十組の対戦開始までもう間もなくとなっていた。とはいえ、ボクたちの出番まではまだ一時間以上もある。
そんな訳で待機空間では最新オーディオ機器が付属した超大型スクリーンセットが拵えられていたり、ふかふかのソファがいくつも設置されていたりと、のんびりと観戦できる環境が整備されていたのだった。
ちなみに、これらは協賛メーカーの新商品をデータ化した物だそうな。
ボクはというと、せっかくの機会だからということで誘われるがままに大型スクリーンでの観戦に御呼ばれすることにしました。
「うっわ、なにこれ!?めっちゃ座り心地が良いんですけど!?」
一見すると一般的な映画館の座席のようだったのだけど、腰かけてみてビックリ。まるで優しく体を包み込んでくれているかのような感触だったのだ。
お隣のお姉さんなど、感動して思わず感想を叫んでしまっていたほどですよ。
「ぐう……」
「寝るな!」
「はっ!あまりの気持ち良さに、知らない内に意識が飛んでしまっていたぜ」
「嘘つけ!VRのゲーム内で眠れるはずがないだろうが!」
「ちっ、バレたか。というかマジレスするなし。ノリ悪いぞ」
「え?今の俺が怒られるところなのか?」
背後の座席から聞こえてくるコントのようなやり取りに関しては、流す方向でお願いします。
そして座り心地が良かったのは当然のことで、実は長時間VRにフルダイブするための用途で作られた物だったのだ。要するにこれも協賛会社の新商品の宣伝という訳。
「まあ、持ちつ持たれつって事なんだろうさ。お、モニターとして感想を送れば抽選で粗品をプレゼントだってよ」
と教えてくれたのはもう片方の隣の席に座っていた大剣使いのお兄さんだ。
ええと、大剣を背負ったまま座席についているように見えるのだけど、邪魔にならないのだろうか?
「これか?非戦闘エリアでは見た目だけだ。街中で商品をひっかけて壊すことになっても困るからな」
言いたいことは分かるし、その理由も十分理解できるのだけれど、なんとも微妙に現実感を無視した設定となっているようだ。
「そろそろ始まりそうだ。このチームには戦闘系のギルドに所属している連中が多く組み込まれているから『笑顔』の圧勝になるかもしれないぜ」
「それはどうでしょうか。レベルが低い分、勝つことさえできればボーナスが入りますから、案外『OAW』が優勢になっちゃうかもしれませんよ」
ニヤリと不敵な笑みを向け合うボクと大剣使いのお兄さん。この後で同じチームの仲間として参加しなくてはいけないのだが、これはこれ、それはそれというやつだ。
やはりここは同じゲームを楽しんでいる『OAW』のプレイヤーの皆には頑張って欲しいと思う。
もっとも勝敗を気にする必要のないエキシビジョンバトルなのだから、まずはお祭り騒ぎの雰囲気を目一杯に楽しんでもらいたいところではある。
「始まった!」
対角上に配置されたスタートマスから一斉に両チームのメンバーが走り出す。人数が人数なので、一度押し込まれてしまっては取り返すのが難しい。
そのため両チームともできるだけ離れた場所で戦線を展開したいと考えているようで、大多数の人がマスを無視して進んでいた。
しかしそれでも一マス当たりが百メートル四方の大きさなので、抜けるまでに時間が掛かっているようだ。
これは、開き直ってマスを自陣地化しながら進むのもアリかもしれない。
そしてついに、中間地点にほど近いマスで両者が激突した。




