209 三回戦4 スタート地点にて
「はあ……。今回は私、良いとこなしだわ」
「そんなことないですよ。あそこで時間を稼いでいてくれたお陰でマサカリさんが間に合ったんですから。ボクだったらそのまま奥まで進まれていたところでしたね」
落ち込み気味になっていたリルキュアさんを励ます。見た目幼女な彼女が凹んでいると、罪悪感が半端ないんだよね……。
もちろん、今語った言葉は本心からのものではあるのだけれど。
三回戦も終盤、残り時間も三分を切っていた。
四チームとも実力は伯仲しており接戦が続いている状態ながら、中盤以降の反撃によってボクたちのチームは一歩抜きんでることができていた。
と言ってもその差はわずか一マスから二マス程度で、いつ引っ繰り返されたとしてもおかしくないくらいだった。
そんな余談の許さない状況を、ボクたち二人は仲良く並んでスタート地点から眺めていた。
はい、察しの良い人ならもうお気付きのことだろう。ボクとリルキュアさんは現在敗北によるリスタートのためのペナルティの真っ最中だったのです。
「リルキュアさんは負けちゃっても仕方がなかった部分が多かったと思います。スイッチマスだったし、攻めて来たあのプレイヤーなんてマサカリさんと同じくらい強い高レベルで戦闘型だったんですから」
元々彼女が防衛線を維持するような役に向いていないのは明らかだった。だからこそ他のチームからすれば放置しておくことのできない、一歩踏み込んだ位置にあるロボットマスでの迎撃を提案していたのだ。
しかし今回の場合、出遅れてしまった事態の改善のために遥翔さんと一緒にボクが攻め込んでしまったので、防衛線に残らなくてはいけなくなってしまったのだった。
なので、むしろさっきも言ったように、よくマサカリさんが援護に駆け付けるまでの時間を稼ぎ切ったものだと感心してしまう。
「でも、元をたどれば私が最初のロボットとの『じゃんけん勝負』に負けたことが原因だった訳だし……」
「それを言うならロボットとの『じゃんけん勝負』に負ける可能性があるということに気が付かなかったボクたち全員の責任ですからね。後、よくよく考えれば無理に防衛線に居てもらわずに、いつも通り少し先の敵陣内のロボットマスまで進出してもらっていた方が良かったような気がします」
今から冷静に考え直してみると、あの時は自陣のマス数を確保することにこだわり過ぎていたように思う。「取られたならば別の敵チームになっているマスを取り返す」くらいの気持ちでいられれば、これほどギリギリの展開にはならずに余裕をもって勝つことができたかもしれない。
それこそここにいる原因となったやり取りの時にだって、もっと長い時間あの場に敵対チームのプレイヤーたちを釘付けにすることだってできたはずなのだ。
ふと、ぽむぽむと小さな手が腰の辺りを軽く叩いているのを感じる。
横……、斜め下を見ると優しげな、それでいてちょっとだけ寂しそうなお顔のリルキュアさんがいた。
はふう。どうやらボクの雰囲気が変わってしまったことがバレてしまい、先ほどの自分と同じように落ち込んでいるのではと気遣ってくれたようだ。
「まさか『ていまーちゃん』を止めるために、あれほどたくさんのプレイヤーが追いかけてくるとは思わなかったわ」
「本当ですよ。ボクみたいないたいけな女の子を大勢で追いかけ回すだなんて、事案ですよ、事案」
その時のことを思い出して、ボクは思わず大きなため息を吐いていた。
防衛線の要となるマスから何とか敵対チームのプレイヤーたちを撤退させた後、ボクと遥翔さんは攪乱と足止めのためにそれぞれ他のチームの陣地へと乗り込んでいた。
が、なぜだかその瞬間からたくさんのプレイヤーに追いかけ回されることになってしまったのだった。
「おかしくない!?普通、敵陣への侵入といえばかくれんぼだよね!?なんで鬼ごっこになってるの!?」
「いや、いくらロボットがでかくて邪魔でも、こっちに来るのは丸見えだったからな!」
「なんですと!?くぅ!「こちらスネ〇ク、敵陣に侵入した」とか言ってみたかったのに!」
「それについては同感だ!」
「あ、俺も!」
うん。こんな風に暢気なやり取りができるのも、息切れを起こすことのないVRゲームならではだね。
ちなみにこの時のボクは全速力で逃げ回っており、その背後には敵対三チームからそれぞれ数名が追いかけて来ていたのだった。
まあ、時折ボクが避けたロボットの攻撃に巻き込まれたり、敵対チーム同士で小競り合いが発生したりで変動があったようだけど。大まかには常時五人くらいのプレイヤーが背後から迫って来ていたのでした。
「ここから先には行かせないわよ!」
そして一際奥まったマスで、ついには追い詰められてしまったのだった。
「お、おおう……。まさか八人もやって来ちゃうとは……」
こちらに集まっている分遥翔さんを始めとする他のメンバーが動きやすくなるということで、できるだけ囮になれるようにと考えてはいたのだけれど。まさかこんなに大勢が釣れるとは思わなかった。
予想外の展開に震えが走る。半分は何がなんでも彼らをここで足止めさせようという決意。もう半分は……、恥ずかしながら無事に逃げおおせることができないことへの恐怖だった。
弱腰になりそうな気持ちを吹っ切るべくパシンと両手で頬を叩く。
分かり易い動作だったためか、それに合わせて周囲のプレイヤーたちも各々得物を構えていく。
「あ、『じゃんけん勝負』だから武器は要りませんよ」
「は……?え?『じゃんけん勝負』!?なぜに!?」
「なぜって言われても、レベル十のボクが格上の人たちを相手に通常戦闘で勝てるはずがないからだけど」
言いながら画面を呼び出して頭上にレベルだけ表示してみせる。
「うおっ!?マジでレベル十だ!」
「は、ははは……。三十もレベルが低い相手に俺はHPを半分も減らされたのか……」
驚いている人たちの中にがっくりと膝をついて項垂れてしまった人が。ああ、さっき戦った人じゃないですか。というか、この人がいたからこんなにたくさんのプレイヤーから追いかけられたような気がする。
それにしても三十レベル差ということはあの人のレベルは四十ということか。うちのチームに当てはめるなら遥翔さんクラスのプレイヤーということになる。
しかも装備品から鑑みるに、軽装ながら彼よりも戦闘向きであるようだ。
道理であれだけ頑張って攻撃しても倒せないはずだよ。
ちょっとだけホッとして自信を取り戻すことができたボクなのでした。




