207 三回戦2 勝敗の分水嶺
敵対チーム同士の二人を過剰積み込みを用いた巨大【アクアボール】が呑み込んだ瞬間、ボクは即座に走り出していた。
同時に右手に出現させたハルバードをしっかりと握りしめる。
「どわあああ!?」
「ほいっと!」
ボール系の魔法の特徴である着弾時の破裂に巻き込まれて吹き飛ぶ二人の姿を眼で追いながらも、スイッチの隣を通り抜けつつ起動させ自陣地化させておく。
これで少しは余裕ができたかな。
と内心でホッとしたのも束の間、すぐに右腕に感じる重さで我に返る。
ダメダメ。まだまだ危機は過ぎ去ってはいないのだ。
今の状況は言ってみれば細い紐でギリギリ勝利に繋がっているに過ぎない。しかもその紐はボクたちの重みでピンと張り詰めており、ほんの少しの傷を受けるだけでほころび切れてしまいかねない。
「ここが気合の入れ時、踏ん張り時ってね!」
ぐっと足腰に力を入れて走る。
目指すのは吹き飛ばされたプレイヤーの内、比較的ダメージの少なかった人の方だ。いくら強化したところで元となる魔法の強さがそれなりでは、やはり倒すまでには至らなかったらしい。
というかダメージが大きかった方の人でも半分以上HPが残っているという状態だった。〈魔力〉の値が高かったり装備品によって魔法力を補強できたりしていれば話は別なのだろうけれど、ボクはと言えばどちらもレベル十相応のものでしかないので……。
まあ、あれやこれやと欲張ったところで仕方がない。一番の目的であった足止めができたのだから良しと考えておかないと。
それに、足りなかった分はこれから補っていけばいいのだから。
「【ピアス】!」
走ってきたスピードも乗せて、立ち上がろうとしていた敵プレイヤーに向けて闘技で突きの一撃を放つ。
「あぶなっ!?」
避けられた!?
【アクアボール】の攻撃でのHPの減少量が二割程度でしかなかったことから、ボクとのレベル差が大きい、つまりはそれだけプレイヤーとしての経験も豊富なのではないかと予想していたけれど……。
まさか紙一重でかわされてしまうとは思わなかった。漫画とかなら服だけ切れるとか、髪が数本宙に舞うだとかいう演出が入るところだったね。
え?避けられた割にはしっかりと見ているし、余裕そうだって?
……まあ、さっきも述べたように相手が強そうだということは元から予想していた訳で。いくら奇策で動揺を誘えたとしても、そう簡単にはこちらの思い描く通りにはいかないだろうとも考えていた。
だから当然こちらも二の手三の手は準備済み!
「ふっ!」
「ぐあっ!?」
斧部分の反対側にある突起が相手プレイヤーの脇腹を背後から抉るようにしてぶつかっていく。手首を捻ることで地面に垂直だった穂先を水平に向けながら引き寄せたのだ。
かするよりはマシ程度なのでダメージ自体はごく少量だったが、意識外からの攻撃となったのか相手プレイヤーは困惑しきっている。
このチャンスは逃せない。
一気に畳みかける!
「【スウィング】!」
次への布石として引き寄せた際に左手を滑らせて穂先間近を掴んでおいたのが役に立った。左足を一歩大きく前へと踏み出して腰を捻るようにして体全体で右後方から柄を振るう。
「ごふ!……うがっ!」
さらに捩じった腰を戻すように逆回転で、今度は穂先側、先ほど脇腹を抉った突起を叩き付ける。
ボクのハルバードはとあるプレイヤーが練習用に作ったもので、その攻撃力は全くもって大したものじゃない。なにせアイテムの解説文に「素材も技術も低いため性能は良くない」とまで書かれているほどだ。
それでも見た目というものがある。穂先に斧頭、そしてツルハシのような突起となかなかに凶悪な部分が何度も襲い掛かってくるとなれば、足がすくんでしまっても当然ではないだろうか。
そう、わざと先に強そうな人の方へと攻撃を仕掛けたのはここに理由があった。
つまりですね、自分よりも強いはずの人が一方的に攻撃されるのを見ることで、戦意が低下、あわよくば形勢不利と見て逃げ出してくれないかと企んでいたという訳。
もっとも、ボクには攻撃を続けながらそれを確認できるだけの余裕も力量もなかったので、どうなっているのかは終わってみないと分からないという博打じみたものとなってしまっていたけれど。
「これでお終い!【ピアス】!」
そしてダメ押しの一撃とばかりに再び闘技での突きでフィニッシュ!
「ぬわあああああ!?」
今度は一回目とは違って胸部の鎧越しながらしっかりと命中し、数メートル先にまで弾き飛ばしたのだった。
まあ、お終いと言ったところで対象となったプレイヤーのHPはようやく半分近くにまで減ったところだ。その悲鳴もどちらかと言えば敗北の恐怖というよりも、連続攻撃で何が起きていたのかが分からないという困惑の方が中心となっていたように思う。
自分の非力さがちょっぴり恨めしくなるが、一朝一夕で強くなれる訳ではないのでこればっかりは諦めるより他ないね。
さて、肝心の別チームの敵対プレイヤーはどうなったのだろう?
先ほどの連続攻撃は向こうが体勢を立て直すより先に奇襲したことで何とか成功したという側面も強い。やる気十分準備万端な相手となると、とてつもなく厳しいということになるだろう。
そもそもこちらが一方的に攻撃できる状況なんてそうそうあるものじゃない。
なのでぜひとも戦意喪失していて欲しいところというのが本音だったりします。
一番怖かった戦闘直後の不意打ちがなかったことにホッとしながら、体の向きを変える。
その先にいたもう一人のプレイヤーはというと……、目を丸くしながらもしっかりと武器を構えていた。
どうやらボクがジャイアントキリングを成し遂げた――いや、まだ完全に勝った訳じゃないけどさ――ことに驚いてはいたけれど、残念ながら戦意を喪失するというところまでは至ってはいなかったというところらしい。
少し離れた場所では先ほどふっ飛ばしたプレイヤーが弱々しい動きながらも立ち上がろうとしている。
二人とも少し前とは比べ物にならないくらいボクに対する警戒心が高くなっていることだろう。マスの自陣地化こそできているが、それは簡単に引っ繰り返せる程度のものでしかない。
はっきり言ってよろしくない状況だ。
VRのアバターにあるはずのない冷や汗が背中を流れ落ちていくのを感じた気がした。




