187 タイムアタック 前編
フィーンという甲高い機械音が響いたかと思うと、目の前の景色が移り変わる。
足元には金属製と思われる不思議なプレートが広がり、そして周囲は数多の星が浮かぶ宇宙空間だ。芸の細かいことに、そんな宇宙空間の所々に惑星らしき色鮮やかな星も見えていた。
「こういうリアルではまずお目に掛かれないような光景を見ることができるのが、VRゲームの醍醐味だよな!」
「それには全面的に同意するけれど、相変わらずファンタジー感の欠片もないわよね」
楽しそうにしているヤマト君の気分に水を差さないように気を付けながら、リルキュアさんが苦笑を浮かべる。
「どう考えても本編との繋がりはなさそうなので、裏設定を考える必要などなくイベントに集中できると言えなくはないのでしょうが……。やっぱり「どうしてそうなった!」とつい突っ込んでしまいたくなりますよね」
同じく苦笑しながらミザリーさんがそれに続く。
まあ、宇宙だしねえ。
実は新しいゲームのための舞台装置で、こっそりとテストプレイをさせられている、と言われても納得してしまいそうだ。
それほどそれぞれのゲームの本編の方とは趣が異なっており、なおかつしっかりと細部まで作り込まれていたのだった。
「おーい、お喋りはそのくらいにしてくれ」
「そろそろ始めないと、本当に時間が無くなってしまいそうです」
マサカリさんたちから言われて、慌ててスタート位置につく。
ボクの左隣はマサカリさん、右隣は遥翔さんだ。さらにその右側にリルキュアさんが位置し、反対の左、別の方向へと向かってミザリーさんとヤマト君が立っていた。
「作戦はあくまで事前のもので、絶対にその通りに動かないといけない訳じゃありません。余力がある人は他の人のフォローに回ってもらえればいいし、近くにいる人同士で声を掛け合って臨機応変に動いてください」
「了解!」
「それじゃあ、皆さん。思いっきりやっちゃいましょう!」
「おう!」
その瞬間、開始までのカウントダウンを知らせる数字が空中に出現する。
一斉に走る構えとなるボクたち。ロボットとの直接戦闘を行うことになるマサカリさん、ヤマト君とミザリーさんコンビはそれぞれの武器も手にしていた。
残りは八秒。
鼓動が大きくなっていくのを感じる。
五秒。
知らず知らずのうちに足に力が入っていく。
三秒。
緊張のためか吐く息が浅い。
二秒。
荒い息に焦る。
一秒。
開き直る。ここまできたら、やれるだけのことをやるだけだ。
……零。
皆が最初の一歩を踏み出すダン!という音を聞きながら、遅れてなるものかと足を出す。すっかり固くなってしまっていた体を叱りつけて思いっきり動かす。
一歩、二歩、三歩。ようやくまともに体が動き始めるのを感じる。
既に遥翔さんはボクよりも二歩ほど先んじており、マサカリさんは出現したロボットへと鋭い視線を向けて巨大な斧を振り上げ始めていた。
さて、ここからは一人ずつの動きを追ってみることにしよう。
まずはロボットとの連戦となるマサカリさん。
「おりゃ!」
ドガッ!
「どっせい!」
バキッ!
「ふんぬわあ!」
メキョッ!
「ちえすとおお!」
グシャッ!
以上。
この間何と驚異の三十秒弱。どうやら運良くというか何というか、特に低レベルの相手ばかりを引いたようだ。
「マサカリさん!向こうのロボットマスをお願いします!」
『じゃんけん勝負』によって発生した移動禁止時間で足止めとなっていた遥翔さんが叫ぶ。
「任せとけ!」
その要請に従って新たな目標地点へと向かうが……。ドスドスドスドスドス。<敏捷>の値が一桁台の上、重装備によるペナルティは大きかった。
本人も足が遅いと言っていた通り、結局そのマスへと辿り着いたのは遥翔さんと同時くらいだったのだ。それでもロボットとの戦闘を一身に引き受けたことで、遥翔さんを先のマスへと進ませることができたのだから大金星と言えるだろう。
その遥翔さんだけど、予想以上に足止めの時間がネックとなってしまっていた。
前半二つのロボットマスで『じゃんけん勝負』を選択して勝利するまでに必要とした時間が六秒なのに対して、移動禁止時間が二十秒だったと言えば、いかにその時間が大きかったのかが分かってもらえると思う。
彼にとって、そしてボクたちチームの全体にとっても幸運だったのが、マサカリさんが想像以上に素早く当初の役割分を完了させたことだっただろう。
だけどそれ以上に凄いのは、迷うことなくすぐに協力を呼びかけた遥翔さんの判断力の高さだとボクは思っていた。
「足止めされていたので、周りの様子がよく見えただけですから」
本人はそう言って照れるだけだったけどね。
後はご存知の通り後半一つ目のロボットマスでマサカリさんに追いつきながらも、その場を彼に任せて残るスイッチマスへと向かって終了と相成ったのだった。
遥翔さんの最終地点はロボットマスかスイッチマスかのどちらかということになっていた。つまり残るロボットマスの方を処理した相手がいたということになる。
それは一体誰?と鏡に向かって問いかけてみると、何と返ってきた名前は二人分だった!
いや、鏡は関係ないです。悪乗りしてゴメンナサイ。
さて、ボクたちのチームの中で今回コンビを組んでいたのは彼らしかいない。そう、ヤマト君とミザリーさんの二人だ。
彼らは息が合った動きで交互に配置されたスイッチマスとロボットマスの両方を攻略していった。
「ここは俺が!」
「分かりました。ロボットマスに入った時点で魔法攻撃の準備をしておきます!」
レディーファーストという訳ではないけれど、相方を先に行かせながら左手に装備した盾でゴインと殴りつけるようにしてスイッチを押すヤマト君。
豪快だ。
そういえば言ってなかったような気がするのでついでに説明しておくと、ミザリーさんは水、土、闇の三属性が使えて、その中でも特に〔闇属性魔法〕を得意としていた。
ボクがまだ覚えられていない三つ目の魔法まで習得していましたよ。
「【ダークドリル】!」
出現したばかりのロボットに、墨を固めたかのような真っ黒なドリルが突き刺さる。この容赦の欠片もなく問答無用なところが素敵過ぎます。
そして怯んだところに追いついてきたヤマト君が剣で追撃を加える。
「喰らいやがれ!【スラッシュ】!」
うん。基本は大事だよね、基本は。
ただし、ここで終わらないのが彼の凄いところだった。走り込んで横なぎの一撃を放ったことで左手が前に出ていた。そしてここには盾が装着されていて、
「【シールドバッシュ】!」
何となんとその盾で殴りつけることで、さらなる痛撃を与えて倒しきってしまったのだ。
二回目の時には少しタイミングがずれてしまったこと、強めの相手が選択されてしまったことでこれだけでは倒しきることはできなかったけれど、それでもミザリーさんが二発目の【ダークドリル】を当てることで、大きな反撃を受けることもなく倒すことができていた。
「ロボットマスには俺たちが行くからな!」
「頼みます!」
こんなやり取りがあって、最後のロボットマスは二人が自陣地化したのだった。
〇練習用フィールドの配置と各人の移動ルート
ABCDE
1 Sスロスロ
2 スロスロス
3 ロスロスロ S…スタートマス
4 スロスロス ス…スイッチマス
5 ロスロスロ ロ…ロボットマス
マサカリ……S→B2→C3→D4→E5
遥翔……S→B4→C5→E3→E2
ヤマト&ミザリー……S→B1~E1→D2
※担当したマスのみ。途中で擦り抜けているマスについては記載していません。




