183 運営氏の正体は……、やっぱり謎でした
「通常戦闘でロボットが負けそうならその隙に逃げても良いですし、少しでも相手を足止めするために戦闘不能になるまで戦い続けるのも手だと思います。どちらにしてもその判断はリルキュアさんにお任せすることになると思いますけど」
対策その一が敵対チームの撹乱に役立つなら、対策その二は囮として足止め役になることもできるのだ。チームへの貢献という点では申し分ない働きとなるだろう。
「とりあえず今のところボクが思い付いたのは以上の二つですね。何か質問とかはありますか?」
問いかけるも、皆そろって呆然とした顔をしていた。
「あの……、大丈夫ですか?」
「あ、ああ!平気だ。問題ないぞ。両方の策とも使わせてもらうことになるだろう」
そう言う割にマサカリさん、微妙に焦っていませんか。「ギルドバトルの軍師役としてなら今すぐにでも活躍できそうだぞ」などという台詞が聞こえてきたような気がしないでもないけれど、多分それは気のせいだろう。
「それにしても驚いたわね。考えてもみなかった問題点を指摘された上に、その対策案までポンポンと出してきちゃうんだから」
「『コアラちゃん』の双子の姉妹だというのも納得です」
そう手放しで誉められるとなんだか照れるね。
まあ、ユーカリちゃんの評判を落とさずにいられて一安心というところでもあるけれど。
「ふっふっふ。さすがは『テイマーちゃん』ですね。『笑顔』の高レベルプレイヤーにもあっという間に受け入れられちゃいました」
最初からこちらの意見を聞く耳を持ってくれていたからこその話だから、ミザリーさんの評価は過分なものに感じてしまう。
これについては同じ『OAW』側メンバーの肩身が狭いという事態にならずにすんで良かったと思うことにでもしようかな。
「そういえば一つ聞きたかったんだけど、ステージの上にいたあの猫顔の人って何者なんだ?『笑顔』を始めたばっかりだから『OAW』の情報はほとんど知らないんだよ」
尋ねてきたのは新米プレイヤーのヤマト君だ。それでもボクよりもレベルが高いんだけどさ……。
そして『OAW』ではすっかり名物キャラクターと化した感のあるアウラロウラさんだったけれど、部外者にはまだまだ知名度の低い謎の猫人間であるようだ。
実はヤマト君のように『OAW』についてはほとんど何も知らないという『笑顔』プレイヤーは結構多いらしい。
一方で『OAW』には『笑顔』から流れてきたプレイヤーが多い――引退せずに両方を遊んでいる人を含む――ためか、あちらの事情は良く知っているという人が多い。
『OAW』で新規を取り込んで『笑顔』にも移籍させていくという流れを思い描いていた運営としては、見事に思惑が外された形になっているのだった。
という訳で、さっそくにゃんこさんについての説明を始める。
「あれがAIだって!?『OAW』凄えな!!」
ナイスリアクションに思わず顔がほころびます。
まあ、本来は仲間内であるはずの『笑顔』運営氏ですら半ば本気で開発を進めようかと考えていたくらいだから、この反応も当然のものだと言えるのかもね。
「ボクからも質問していいですか?『笑顔』側の説明に立っていた男の人は一体何者?プレイヤーの皆や『コアラちゃん』の反応から察するに、きっと偉い人なんだろうなっていう予想はしているんですけど」
ついでだから運営氏のことも聞いておこうかな、なんて軽い気持ちで口にしたんだけど……。
「あの人が何者か知らずにあんな問答をしていたのかよ!?」
「てっきり顔合わせをしてある程度打ち合わせをしていたと思っていたわ……」
「製作元が同じ会社とはいえ別ゲームの偉い人相手でも気安いやり取りができるなんて、さすがは『テイマーちゃん』ですね」
「凄えのはAIだけじゃなくてプレイヤーもなんだな……」
どうやら知っていて当然という人だったようで、これまでで一等驚かれてしまった。
というかミザリーさんや、「さすがは『テイマーちゃん』」とさえ言っておけばいいと思っていないよね?そしてヤマト君はやっぱり感心するポイントがズレているような気がする。
「ええと、あの人のことを簡単に説明するなら、『笑顔』開発チームの中核的な人物で、いわば生みの親っていうことになるのかしら。世界観からゲームシステムまで、大枠があの人一人で作り上げたと言われているの」
その後、開発が軌道に乗ったところでサービス開始後のことを見越してなのか、彼自身は営業や宣伝の方へと軸足を移すことになった。そのためか一時はメディアへの露出も多かったのだという。
「開発出身だからなのか結構突っ込んだ内容の質問にも難なく答えていて、当時は話題にもなったものなんだけど……。覚えていない?」
ええと、確か『笑顔』の正式サービス開始が三年前で、それよりもさらに前の話ということになるから……。
多分、ボクが小学生の頃のことになるのではないだろうか。ネットニュースも含めて報道系の番組などにはほとんど見向きもしていなかったように思う。
「ま、まあ、仕方がないわよね……」
曖昧に答えたつもりだったのだけど、それでも理由を察してしまわれたのか、リルキュアさんの頬が微かに引きつっていた。
年齢が透けて見えるような内容は扱いが難しいです。
「顔も売れていたしゲーム内の様々なことも把握しているというので、サービス開始後は統括役として全体を管理しながら、リアルとゲーム両方でのイベントに司会や進行として参加するということが多かったんです」
ふむふむ。今回のイベントでも同じ立ち回りということだね。
「一方で『OAW』の制作が決まってスタッフが激減してからは、再度開発等にも参加しているとのことです」
新たに人を加えたとはいっても、約半数のスタッフが抜けた穴を塞ぐのは並大抵の労力ではなかったようだ。
AIであるアウラロウラさんに多大な権限が与えられているのも、彼が高度なAI開発を考慮したのも、結局は人手不足という点に端を発する問題だったみたいだね。
「『笑顔』にいなくてはならない重要人物だということは良く理解できました。……ところで、どうして『あの人』?」
皆からの説明に、彼の名前が一切出てこなかったことに疑問を覚えたのだ。
「実はあの人、いつも名前は伏せているんだよ」
困ったように顔を見合わせた後、そう教えてくれたのはマサカリさんだった。
「へ?いやだってリアルのメディアとかにも出演していたんでしょ?」
「あの時は『開発のA氏』とか『広報のB氏』とか名乗っていたな」
よくそれで通ったもの、いや、それを押し通せるだけの力があるということなのかな。次に会う時には不興を買わないように気を付けた方がいいのかもしれない。




