18 守護竜
「まさかこの我が人間などの手で翻弄されてしまうとは……」
「はいはい。その考え方を改めないと、そのうち命を落とすことになるよ」
反省しているのかいないのか、いまいちよく分からないドラゴンさんだ。
長年しみ込んだ考え方は、そう簡単に変えることはできないということなのだろう。そんなことを考えていると、ブラックドラゴンがとんでもないことを言い始めた。
「その内も何も、我はここで死ぬことになるのであろうが」
その声には悲壮な覚悟が込められていた。
「え?どうして?」
一方、ボクはというとさっぱり意味が分からず困惑していた。
「どうしても何も、我はこの街を襲おうとしたのだぞ」
「でもそれって、連れ去られたこの子を助けるためだったんでしょう?あ!何度も言ったけど、さらったのはボクじゃないからね!」
ついでにエッ君本人が帰りたいと望まないならボクとしても手放すつもりはない。
そして当のエッ君はというと、むんずと掴んでドラゴンの方へと差し出したのを、遊んでくれていると勘違いしたようで、ぶんぶんと尻尾を振っていた。ペチペチと腕に当たってなにげに痛いです。
「つまり、お前は我を殺すつもりはない、と?」
「まあ、結果だけ見れば、何も被害はなかったから」
「だが、我が街を破壊しようとしたことは事実なのだぞ」
そんなこと言われても困るんだけど。騎士さんたちへと視線を向けると、このまま無罪放免というのは難しいのか、こちらも困った顔をしていた。
これは後から聞いた話なのだけど、こういう時に処罰を行わないでいると、近隣の都市国家などから侮られてしまい、都市国家間における地位の低下へと繋がってしまうのだとか。
この場合、相手がブラックドラゴンという最終兵器だったことは関係ないらしい。
また、こちらはどういった情報網によるものなのか、自分たちよりも弱いと判断した魔物たちが大挙して押し寄せてくるようになるらしい。
こちらもブラックドラゴンだということを考慮してはくれないそうだ。
やれやれ、次から次へとよくもまあ、こう難問が発生するものだ。最近のゲームって随分と忙しい仕様になっているんだなあ……。
それはともかく、どうしましょうかね、これ?さすがに弱肉強食な自然の摂理に従うのはどうかと思うんだよね。
悩んでいるボクの目に飛び込んできたのは、相変わらずぶんぶんと振られまくっていたエッ君の尻尾だった。
……ほむほむ。これならそれっぽい感じで言い訳が付くかもしれない。
まあ、ダメで元々。その時はまた別の方法を考えることにしようかな。
「街を破壊って言っているけど、ブラックドラゴンさんは、これからこの子が過ごすことになる場所の安全性を確かめようとしただけだよね?」
再びずずいっとエッ君を彼の鼻先をと持っていく。
「は?これから過ごす?」
「そ・う・だ・よ・ね!」
良いから「はい」と言えという無言の圧力を乗せて、ブラックドラゴンを見つめる。
「う……。ま、まあなんというか、そうだな……」
よし!これでエッ君を返せと簡単には言えないようにできたね。
「だ、だが、我らが幼子を守るには、人間の街では脆すぎるのだ!」
ほほう……、そうくるんだ。というかまだ諦めませんかそうですか。それじゃあ、こちらも遠慮はいらないよね。
「それならブラックドラゴンさんがこの街の守護竜になればいいよ」
「……は?」
「はああああああ!!!?!!!?」
目が点になるブラックドラゴン。そして騎士さんや衛兵さんたちが大絶叫していた。
「ちょ、ちょっと待って!!そんな重大なことを勝手に決めるんじゃない!」
と、ボクたちの会話に割って入ってきたのは騎士の一人だった。
おや?兜に角があるということは隊長さんなのかな。
「隊長さん、元はと言えばクンビーラの誰か、もしくはクンビーラに出入りしている誰かが、この子をさらってきたのが原因なんですよ」
エッ君を見せると、腰が引けたように後ずさりをする。何だこの人?隊長だと思ったのはボクの勘違いだったのかな。
近寄ってきたことを幸いにもう一度よくその人物を観察してみる。すると、他の人に比べて着ている鎧がきれいだということが分かってきた。
装飾が多いとか、よく手入れがされているという意味ではなく、何というか、使用された形跡がないのだ。
「それはお前が勝手にそう思っているだけの話ではないのか?」
不審に思っていると、その隊長カッコ仮はとんでもないことを言い始めた。
「それにお前自身、身分を証明するものがない――」
「つまりボクの狂言だと?ボクが犯人でその罪をクンビーラの人たちに擦り付けようとしていると言いたい訳?」
急激に声が冷めていくのが自分でも分かる。
「まさか、ドラゴンに引き続いてこちら側からも疑われるなんて……。ところで、当然あなたはそう言い切れるだけのことをしているんだよね。クンビーラの街に悪事を働く人が存在しないように、その役職を全うしているんだよね?」
不機嫌さを全開にして一歩詰め寄ると、その男は「ひっ!?」と情けない悲鳴を上げていた。
「そこまでにしてもらおう」
さらにもう一歩踏み出そうとしたところで、横合いから制止を求められる。
「ヒュリオ殿、後は我らにお任せ下さい」
「そ、そうか!頼んだぞ!」
その言葉にあからさまに安堵した表情を浮かべると、男はボクの方を見ることもなく一目散に走り去っていった。
「第一小隊はヒュリオを尾行して行き先を掴め。だが、絶対に勘付かれるなよ。第二小隊はこれまでの経緯を殿下に報告。誰かに足止めをされそうになったら、未だ緊急事態は継続中だと言え。それでも引かないようなら私の名前を出して構わん」
置いてきぼりとなったボクやブラックドラゴンを尻目に、代わりに出てきた人は騎士さんたちに指示を出していく。
一方の指示を受けた人たちも、きびきびとした動きで去って行った。
そして数分後、この場に残っているのはボクとエッ君にブラックドラゴン、指示を出していた騎士さんと城門で応対してくれた衛兵さんを含む八人の騎士と衛兵だけになっていた。
「慌ただしくして申し訳ない。さすがにいつまでも報告がないままでは、街も城も混乱をきたしてしまうのでな」
爽やかに言っているけれど、その裏にはこの混乱を利用して街から逃げる者がいないように目を光らせるという、隠された目的が透けて見えていた。
次回投稿は本日夕方18:00の予定です。




