179 リュカリュカとユーカリ
お互いが誰なのかを認識した刹那、ガクリと崩れ落ちるボクたち。
恐らくは緊張がゆるんだ拍子に体の力が、特に足腰の力が抜けてしまったのだろうと思う。まあ、それもこれも後からゆっくりと思い返してみてそう思ったという話だけれど。
「だ、大丈夫ですか!?」
大慌てでボクたちの側に座り込んだアウラロウラさんは、気が動転しているようにも見えた。
立て続けに起きている想定外の事態に、さしものにゃんこさんも処理能力を超えそうになっているのかもしれない。不可抗力とはいえ、ご迷惑をおかけして申し訳ないです。
「体調的には問題ないんですけど……」
「衝撃の展開が次々と巻き起こっていまして……」
それはこっちの台詞だと言わんばかりの顔をされてしまったけれど、ボクたちとしてもそう言うしかないのだから仕方がない。
里っちゃんがプレイし続けていたMMORPGが『笑顔』だと聞いたこと自体、ボクが『OAW』を始めることになったあの日なのだから。
まあ、ゲーム好きであることやリアルでのハイスペックさを考えれば、彼女が有名プレイヤーとなっていたとしても不思議じゃないとは思うけれどさ。
それでもやっぱりアバターの造形が同じになっているとは夢にも思わなかったことだろう。
里っちゃんにしてもボクに『OAW』を勧めてはみたものの、その代表者的な扱いをされる立場になっているとは想像もしていなかったに違いない。
あの当時としてはそれなりにゲームを楽しんでもらって、共通の話題にできるように狙っていたくらいだったはずだ。
結局のところ、こうなってしまうことは避けようがなかったのだと思うね。
「あー、一つ確認だ。二人はリアルでの知り合い、ということでいいんだな?」
いつの間に復活してきたのか、運営氏がボクたちのすぐ側に屈みこんで小声でそう尋ねてきた。彼の為人や『笑顔』運営内での立場など、初対面のボクでは分からないことが多過ぎる。
ここは軽口を叩けるくらいの間柄である里っちゃん、もといユーカリちゃんに対応を任せるべきだろう。
「はい。その通りです。血縁的にも近しい関係ですね」
小さく頷いたことでボクの意志を察してくれた彼女が答える。まあ、血縁関係についてのことまで教えてしまったことには少し驚きだったけれど。
ユーカリちゃんが味方に引き込むことを躊躇しないだけの立場のある人ね……。かなりのお偉いさんなのではというボクの予想も、あながち的外れなものではなかったということなのかもしれない。
「やっぱりそうか。……不思議な縁もあるもんだな。ああ、これ以上詳しいことは聞いたりしないから安心してくれ。ただ他のプレイヤーたちに対して、アバターとはいえ二人の顔がそっくりだったことについての説明は必要になるだろう」
お祭り騒ぎ的なものでしかないとはいえ、対戦するもの同士の代表者という扱いなのだ。
あくまでもこの状況は偶然の産物であり、特別な狙いがあるものではないと弁明しておく必要があるとのことだった。
「リアルの事情のままではいけないんですか?」
ボクが『OAW』を始めた流れは、まあまあ特異なケースではあるけれど同じプレゼントに当選した人が他に何人もいる以上、極めてまれと言うほどではないはずだ。
「……悪くはないが、リアルでの君たちを特定されてしまう可能性は高くなってしまうだろう。できれば予防線としてフィクションを交えておく方が望ましいと思う」
嘘と真実を混ぜ合わせることで、本当に重要な個人情報を保護することに繋がるのだそうだ。
そんな訳で進学を機に離れて暮らすようになった双子という嘘設定にして、ボクが『OAW』を始める経緯についてはそのまま用いることにしたのだった。
「それと先ほど君たちはお互いの名前からリアルの素性へと思い至ったようだが、同様のことに気が付くだろう者は他にもいるか?」
「リアルの面影は残っていますから、親しくしていた人なら勘付いてもおかしくはないかもしれません」
一番その可能性が高いのはボクと里っちゃんの両方と同時に接していた、雪っちゃんを始めとした中学時代の生徒会メンバーたちだろうか。
「ふうむ……。それならこれからはキャラクターネームではなくニックネームで呼び合うようにした方が安全かもしれないな」
同じチームになった仲間への自己紹介などはともかく、基本的には『テイマーちゃん』や『コアラちゃん』呼びでいくことになった。
ユーカリちゃんは以前から呼ばれていて慣れているようだし、ボクとしても自分のことだと理解できるくらいには馴染んできている。
まあ、面と向かっては呼ばれ慣れていないので、いざとなると反応が遅れてしまうかもしれないけれど。
「幸いユーカリちゃんの『コアラちゃん』も、リュカリュカちゃんの『テイマーちゃん』も、どちらもキャラクターネーム以上にプレイヤーたちには浸透している。その呼び方で通したとしても違和感はないだろう」
君子危うきに近寄らずだ。危険だと分かっている橋をわざわざ渡るような奇特な趣味はボクもユーカリちゃんも持ち合わせてはいない。
不安はあれども、すぐにその提案に乗ることを了承したのだった。
ちなみにアウラロウラさんはというと、ボクたちの体調をチェックしているふりをしながら、ステージ下にいるプレイヤーたちからの視線を遮っていた。
さすができる猫さんは一味違います。お陰で安心して打ち合わせをすることができたのだった。
粗方の筋書きが決まったところで立ち上がると、ホッと安心したようなため息があちらこちらから聞こえてきた。
問題発生ということであれば最悪イベントの中止ということも起こり得るから、気が気ではなかったプレイヤーさんたちも多かったことだろう。ごめんなさいという気持ちを込めてぺこりと頭を下げる。
その横ではさっそく運営氏が作り上げたばかりの偽設定を話し始めていた。
身バレの危険性と個人情報保護の重要性については、リアルでも耳にタコができるくらいに繰り返し聞かされていることだ。
釈然としていなかったり、怪しんでいたり、納得しきれてはいなかったりする人も多かったようだけど、声高に文句を言うプレイヤーはいなかったのだった。




