176 やらかした!?
「いつまでも笑っていないで、役割を果たして頂けませんか?」
「ああ、悪い悪い。どっちのプレイヤーたちもここまで良い反応をしてくれるとは思っていなかったんでな。イベントのタイトルが同じだし、少しはこの展開に勘付く連中がいると思っていたんだが、予想外だったぜ」
あっはっはと大きな声で笑いながらアウラロウラさんの苦言に答える『笑顔』の運営氏は、それほど悪いとは感じていないように見えた。
事実、この直後にこんなことを言い出したのだから。
「『OAW』運営のやつらから話には聞いていたが、会話をしても一切の違和感がないっていうのは凄えもんだな。うちでも本格的にサポートAIの育成を始めて見るべきか」
そして先ほどのボクとは比べ物にならないくらいに不躾な視線で舐めるようにアウラロウラさんを見回していく。
その態度に酷く不快なものを感じてしまい、気が付くとそれを口に出してしまっていた。
「ジロジロと品評するように女性を見回すなんて下品だと思うよ、おじさん」
ピシリと『笑顔』運営氏が固まる。ミドルティーンのボクからすれば彼のアバター姿は十分におじさんだったのだけど、そう呼ばれることには否定的なお年頃だったのかもしれない。
まあ、洒落者っぽくスーツをわざと着崩していたくらいだからね。
一歩間違えればだらしないようにしか見えなくなりそうな、ノーネクタイな上にシャツの一番上のボタンを外すという姿でも似合っていると思わせるのは、リアルでも普段から外見に気を遣っているがゆえなのかも。
もっとも、大爆笑していたり不躾な視線をしていたりと碌な態度を見ていないので、例え似合っていようとも悪い意味での軽さしかボクには感じられなかったのだった。
さて、実は彼以外にも固まってしまっていたものがありました。
それは……、場の空気だ。
視界の隅でにゃんこさんが小さくため息をついているのが見えた。どうやらボクは特大級のことをやらかしてしまったらしい。
うーん……。ゲーム内では何かと挑発的な物言いをしていたことが、悪い方に作用してしまったかもしれない。油断しているとリアルで大失敗をしてしまいかねないから、これからは十分に気を付けるとしよう。
まあ、既に口から出てしまった分はどうしようもないのだけれど。
どうしましょうと悩んでいるところに、思わぬ人から助け舟が出されることになった。
「今のはあなたが悪いわ。レディーを見つめる時には、もっと優しく包み込むような雰囲気が欲しいところよね」
たしなめるように、そしてほんの少しからかい成分を交えて言ったのは、ステージ上にいた最後の一人である『コアラちゃん』だった。
「ん、あ、ああ。そうだな。それに今ここでするような話題でもなかった。いや、すまんね」
彼女の一言で運営氏もすっかりいつもの調子を取り戻したのか、受け答えが終わる頃には重苦しさも刺々しさも消え去ってしまっていたのだった。
「(リュカリュカさん、気を付けてください。ただでさえ両ゲームのプレイヤーは張り合っている部分があるのですから、下手をすれば全面戦争になりかねません)」
「(ごめんなさい)」
そんな中、ボクはアウラロウラさんからチャット内会話でお説教を受けることになってしまった。
実際のところ、今の言い方はかなりオブラートに包んだ表現だ。一部プレイヤー間ではののしり合ったり蔑み合ったりするところにまで発展しているらしい。
そして今回の合同イベントの開催は、そうした現状を少しでも良くするという隠された目的があるのだ。あちらがすんなりと引いてくれたのは、そのことを思い出したということもあったのだろう。
「いやあ、優れた技術を目の当たりにして、久しぶりにエンジニアの血が騒いじまったわ」
ワッハッハと豪快に笑うことで固まっていた場の空気を取り去っていく運営氏。
その手際の良さに若干の違和感を覚える。あの手際の良さは何度もそういう経験をこなしていかないと見につかないものだ。
単なる合同イベントの担当者かと思っていたけれど、実はもっと上の、常日頃から場をまとめて他人を動かす立場にいる人なのかもしれない。
「あ!だけど俺はまだおじさんと言われる歳じゃないからな!まだまだピチピチの二十代なんだからな!」
ビシッとボクに指を突きつけて叫ぶ運営氏。
おおう、ボクが思っていた以上に気にしていたようだ。
「アラサーの二十八歳ですけどね」
「それを言わないで!というか、何で『コアラちゃん』が俺の歳を知ってるんだよ!?」
すかさず突っ込まれた一言に悲鳴じみた声で反応する運営氏。
なんだこれ?実は全部仕込まれていた流れだったり?そんな疑問を感じて隣を見てみると、アウラロウラさんが静かに首を横に振っていた。
一応、イレギュラーな事態ということらしい。
「でも、あの人なら変に若作りをするよりも、ダンディーなおじさまを目指す方が格好良いと思うんですけどね」
何気なく感想を口にしたところ、ざわめいていた場が再びしんと静まり返る。
「え?な、なに?」
気が付くと向けられていた無数の視線に思わずたじろいでしまう。
そんな様子にまたもやアウラロウラさんが「はあー……」と大きくため息を吐いていた。
「この人は、ああいうことを素で言えてしまえる人なのです」
「ま、マジか……」
ついでにその口調も改めた方が良いんじゃないかな、とは口に出さずに心の中で思うだけにする。
どうにも褒められているような気配ではないし、そんな時にさらなる火種を投下してしまうほどドジじゃないので。
状況によっては、あえてやるという可能性はあるかもしれないけれどさ。
「まあ、本心からの言葉のようですから真に受けても問題ありませんが、くれぐれも勘違いしないように用心してください。気が付かない内に道化を演じてしまうかもしれませんよ」
その忠告に、建物内にいたほとんどの人たちがコクコクと首を縦に振るのだった。
「(微妙に失礼なことを言われているような気がするんですけど?)」
「(この短時間で二度もやらかしてくれたのですから、このくらいの辛口評価は甘んじて受け入れて欲しいところです)」
うっ……。どちらも自覚はある分、そう言われてしまうと弱いかも。
チャット内会話でこっそりと不満を出すと、考慮してもらえるどころかぴしゃりと叱られてしまった。こうして、ボクの異議申し立ては一瞬で返り討ちにされてしまったのでした。




