173 イベント会場へ
同じ目的のために集まっているからだからだろうか。『広場』にいる人たちは皆同じように高揚した気分ながらもぎすぎすした様子は見られない。
普段であれば耳障りになりそうなざわつきでさえも心地よいものに感じられるから不思議なものだ。
そんな居心地の良い空気に身をゆだねていたところ、突然上空に「イベント開始までの残り時間」という言葉とカウントダウンの数字が表示されたのだった。
同時に、奥まった場所に設置されていた特設ステージ上に人影が現れる。
「プレイヤーの皆様、本日は『OAW』の第一回公式イベントである『銀河大戦』にご参加のためお集まりいただきまして誠にありがとうございます」
挨拶を行ったのは、猫の頭に人間の体のケット・シーであるアウラロウラさんだ。
先日、本人が言っていた通り本当に様々な役職を回されてしまっているようだ。その役職柄か、いつもとは違ってフォーマルなレディーススーツをビシッと格好良く着こなしていた。
余談だけど、ゲーム内では彼女のような獣頭人身の種族は『幻想種』と呼ばれているレア種族に当たるのだそうだ。そして<サモナー>の〔召喚〕技能のみで仲間になる『妖精種』との対として、〔調教〕技能を用いたテイマー専用の仲間モンスターとなるのではないか、と噂されているらしい。
どうして噂止まりなのかというと、未だにまだ誰もゲーム内で遭遇はおろか発見もできていないからだ。
ただ、NPCたちからはしっかりとした目撃情報が聞けるので、実装自体はされているはずなのだとか。
生憎とボクは依頼されたイベントクエスト等があるため探しに行くことができないので、他の<テイマー>のプレイヤーの皆様方には、ぜひとも頑張って彼らの隠れ里を見つけ出して欲しいと思うよ。
「安全性確保のためにイベント会場へは何度かに分けて転移を行う予定となっています。これはあくまでも転移のみであり、チーム分け等には一切関わりがありませんのでご安心ください」
さて、壇上のアウラロウラさんは挨拶を終えて注意事項の説明に入っていた。いつの間に用意していたのか、下げられた右手には拡声器らしきものが握られている。
……そう、せっかく用意したはずの拡声器を使用することなく、地声のまま説明などを行っていたのだった。しかもリアル準拠なのか距離に応じて微妙に聞き取り辛くなっている。
その対応策ということなのか、ボクの視界には現在話している内容が表示されていたので、きっと元からそういう仕様にしてあったのだろう。
……でも、こんな妙なこだわりは必要ないんじゃないの?
今にも『広場』のあちこちから、「拡声器使わないのかよ!?」とか「ゲームなんだから全員に聞き取れる設定にするだけで良かったのでは?」とか、「プレイヤー全員に注意文を送るだけで済んだんじゃないの?」といった疑問が飛び出してきそうだ。
「――以上のことから『広場』をいくつかの区分に分割いたしました。転移が完了するまでその枠から外へは出ないようにしてください。もしも転移の最中に枠を超えてしまうと、最悪これまでのデータが永久にロストした上、リアルの方の心身にも重大な影響を及ぼしてしまうかもしれませんので」
さらりと説明された重要事項に、一瞬で場が緊張に包まれた。
「もちろん冗談です」
「冗談なのかよ!?」
「今までの説明は何だったんだ!?」
「それではそうなるように変更いたしましょうか?」
「今のままで結構です!」
ネタばらしをした直後に舞台近くにいたプレイヤーたちからの突っ込みが入る。それにアウラロウラさんが応え、ようとしたところで直ちに撤回がされていた。
ううむ、サクラが仕込まれていたんじゃないかと疑いたくなるレベルでのキレのある応酬?だったね。
さすがに仕込みという訳ではなかっただろうけれど、リアルの芸人さんの中には『OAW』をプレイしていることを公言している人もいるようなので、そうした人が舞台から手頃な位置にくるようにこっそりと誘導していたという可能性はありそうだ。
まあ、いずれにしてもにゃんこさんの悪戯好きは健在であったらしい。
「転移開始まであと少し時間がありますが、それまでは注意内容を確認し直すなり、送られてきた文章を読むなり、繰り返し流しているワタクシの言葉に耳を傾けるなどしてお過ごしくださいませ」
そう締めくくったアウラロウラさんを見ながら、『広場』に集まったプレイヤーたちはきっと同じ感想を抱いていたに違いない。
すなわち、
「それ、実質的には一択じゃん!?」
と。
ただ、『笑顔』との合同イベントであるという情報を知っているボクからすれば、『OAW』のプレイヤー同士での諍いやトラブルを可能な限りなくしておきたい、という運営の思惑が透けて見えるような気がしたのだった。
「それでは転移の準備が整ったので頭上に現れた数字の順番でイベント会場へと移動して頂きます。先ほどは冗談と申し上げましたが、予期せぬトラブルが発生しないとは限りませんので、透けて見える光のカーテンには極力触れないようにお願いいたします」
その言葉が終わるや否や、『広場』内にはオーロラのような光のカーテンが、そして少し高い位置には順番を示す数字が表れたのだった。
そしてそんなものが現れればはしゃいでしまう人もいるもので。
光のカーテンを突いてみたり、隣と行き来したりするのはまだ可愛いものだ。
「くっくっく。我に内包されし力は計り知れず。こうして分割でもさせなければ転移することなどできはしないだろう」
わざわざ光のカーテンで体が真っ二つになるように立っている人までいる。
本人たちはちょっとしたお遊びのつもりなのだろうけれど、やられる方はたまったものじゃない。周囲の人たちも真っ白な目で見ておりますよ。
あ、壇上のアウラロウラさんに頭上に怒りマークが……。
「ひっ!?ぎゃああああ!?」
どこからともなくいくつもの巨大な×印が現れたかと思うと、光のカーテンで遊んでいた人たちにべたべたと貼り付いていく。
うわあ……。体中どころか顔にまでくっついているよ。怪我もないし視界なども確保されているようだけど、目立つこと目立つこと。
「ぬわんじゃこりゅわああああ!?」
いやいやいやいや。動揺し過ぎてニポン語がおかしくなっているから。
まあ、怒らせちゃいけない人を怒らせてしまったということで、しっかりと反省してくださいな。
そうこうしている間に転移が開始され、ボクもまた輝く光の渦に飲み込まれていくのだった。




