170 リュカリュカという一石による波紋 その2(雑談回)
一方、こちらは店の奥にある個室の一つ。外の陽気な雰囲気とは異なり、部屋中の空気が固く張りつめているかのようだった。
余談だが、こうした個室になっている部屋の会話内容は運営以外にはオーナーであるプレイヤーですら聞くことができない仕様となっている。
が、「何気ない噂話や会話の中にこそ価値があり面白い情報が潜んでいる」を信条としているフローレンスにとっては、何の問題もないのであった。
「さて……、どうしてここに押し込められているのか、分かるか?」
「や、全然分かんないんだけど」
「他の者は?」
「俺も分からん」
「ごめん、先生。一体何の事?」
「でも、わざわざ外に聞こえない場所に連れて来たってことは……、もしかして俺ら、結構やばいミスしてた?」
「はあ……。一日待ってみたが、結果はこれか……。それじゃあ、少し質問を変えるぞ。ゲームに限らず不特定多数が利用するオンラインで気を付けなくてはいけないことは何だ?」
「そりゃあ、身バレを防ぐってことでしょ」
「そうだよね。個人情報の管理」
「さすがに基礎中の基礎は理解しているようだな」
「いやいや、先生。いくら俺たちでもそこはちゃんと分ってるって」
「そそ。リアルの方にも害が出るかもしれないんだから用心するってば」
「……その割に昨日は随分と簡単に漏らしていたじゃないか」
「昨日?」
「何かあったっけ?」
「えーと、いつもの時間に集まって適当に駄弁って街中をうろついてた」
「いつも通りじゃん」
「あ!先生が可愛い子をナンパしてた!」
「あーあー。滅茶苦茶可愛かった子な!」
「人聞きの悪いことを言うな。困っているようだったから気になって声を掛けただけだ」
「誤魔化そうとしなくてもいいじゃん。女の私らから見ても可愛い子だって思ったし」
「そだよね。まあ、キャラメイクで外見はどうとでもできるんだけどさ」
「それを言うなよ。萎えるー……」
「外見については今は横に置いておけ。それよりも、その子を相手に何を話したかよく思い出してみろ」
「あの子を相手に?俺ら何かまずいこと喋ったか?全っ然覚えてないんだけど」
「俺も。てか、あの子のことって言ったら別れる前の笑顔しか記憶にない」
「あー、あれは強烈だったよね」
「アバターだって分かってても見惚れちゃったもん」
「だから外見から離れろと言うに。……はあ。この調子だと本当に覚えていないのか」
「先生のお陰で頭を使うことにちょっとは慣れてきたんだけどさ」
「答え教えて」
「この辺りの思考力を鍛えることも今後の課題だな……。まあ、簡単に言ってしまうと昨日の子を相手にお前たちは身バレに繋がりかねないことを口走ってしまっていたんだよ」
「え!?うそ!?」
「本当だ。俺が先生で自分たちは生徒だと言っていただろうが」
「でもそれ今さらじゃない?だって私ら普段から先生って呼んでるもん」
「そこも確かに問題ではあるんだよなあ……。とはいえ、リアルでの関係を完全になかったことにできる訳でもない。現状だと知ったところで悪用はしないという受け手側のモラルに依存しているだけだ。いずれは破綻するかもしれないと対策を考えておくべきかもしれない」
「えっと、先生?それで結局何がいけなかったの?」
「ん?すまん。横道にそれたな。問題なのは見ず知らずの初対面の相手にわざわざ自分たちの関係を話してしまったことだ。しかもあの時、俺には一言の断りも入れなかっただろう」
「言われてみれば……」
「それこそあの子はモラルがしっかりしていたから何も言わなかったが、あの一言でお前たちのおおよその年齢と学生という身分だということに当たりを付けていたようだったな。多分、俺の方も似たようなものだろう」
「確かに凄いけど、それって心配するほどのこと?」
「他に聞いていた者がいないと言い切れるか?そしてその人物が彼女と同じくモラル意識の高い人間であるとどうして分かる?若者をターゲットにした特殊詐欺や裏のある仕事への勧誘のためにゲームが利用されているということについては以前に教えたはずだぞ」
「…………」
「…………」
「くどくど言って堅苦しくなり過ぎるのは俺も本意じゃない。思ったことをすぐに口に出すんじゃなく、ほんの少しだけ考えてみろってことだ。なに、お前たちならすぐ慣れることができるさ。要はネットやSNSへの書き込みと同じだからな」
落ち込み気味になる教え子たちを励ましながら、公式イベントが始まる前のこのタイミングで注意を促すことができたのは良かったかもしれないと思う先生だった。
多種多様な酒や料理がウリの『休肝日』だが、やはり客から一押しの品というものも存在する。
初めて出して以来人気が落ちることなく、客足の増加に拍車をかけることになった『元祖カツうどん』もそんな品の一つである。
そして、今日も今日とてカツうどんを目当てに新たな客がやって来る。
「あのー、一人なんですけど席は空いていますか?」
「いらっしゃいませ!カウンター席でもテーブル席でもどちらでもご利用になれますよ。あ、テーブルの方は二人席なので込んできてしまった場合には相席をお願いすることがあるかもしれませんけど」
「えっと、それじゃあカウンター席でお願いします」
「はい。こちらにどうぞ」
「……あ、カツうどんがある。ん?『元祖』?」
「あはははは。実は当店がメイション内で最初にカツうどんを提供したお店だったらしくてですね。『テイマーちゃん』が公開したレシピの通りに作ったということもあって、運営の方から『元祖カツうどん』を名乗るようにとお達しがきたんですよ。あれが証明書です」
「うわー、本当に運営からの証明書だ……」
「当店のシェフたちがアレンジしたものもありますので、食べ比べてみるのもおススメですよ」
「食べ比べかあ……。運営がわざわざ手を回すくらいだから再現度は高そう。でも、本職の人が考えたものと比べると絶対に粗が見つかりそうだよね。……ここは素直にアレンジの方だけを食べた方が純粋に楽しめるかも?……うん。アレンジ版の方のカツうどんを一つと、季節野菜の天ぷら盛り合わせを一つ。後は……、このさっぱり海藻サラダを下さい」
「はい。アレンジカツうどんと季節野菜の天ぷら、海藻サラダですね。少々お待ちください」
客の台詞に引っ掛かるものを感じながらも、フローレンスはまずは目前の仕事に専念することにした。
「お待たせしましたー」
「凄い!ボクが作ったものとは大違い」
「え?……ボク?作った?……お客様はもしや――」
「ストップです。ボクはあなたがNPCだろうがプレイヤーだろうがどちらでもいいんですが、そうじゃない人たちもいますよね?」
「……申し訳ありません。お客様の素性を探ろうとするとは失礼なことをしてしまいました」
「いえいえ。どうせもうしばらくすれば公表されることですから。それでは改めていただきます!」
「ごゆっくり」
カウンター席から離れながら、予想もしていなかった反撃を受けたことにフローレンスはため息を吐く。
さらに後日、「強引な態度で迫っていたら私たちが止めに入るところだった」とNPC従業員から聞かされて、大いに冷や汗をかくことになるのだった。




