167 おまけ付きのお買い物
「と、とにかくちょっと落ち着いてください」
ボクがそう言って宥めると、ケイミーさんは身を乗り出すようにしていた自分の体勢に気が付いたのか、バツが悪そうな顔になって露店の床に座り直す。
そして「ごめんなさい」と小さく呟きながら、左手で自分の頭に軽く拳骨を落としていた。
うっわ、なんというあざと可愛い仕草。よし、許そう!
「はあ……。驚かせてしまってごめんね。どうにも私、興奮しちゃうと周りが見えなくなる癖があってね……。直そうとはしているんだけど、なかなか上手くいかなくて」
なんでも『OAW』を選んだのもNPC、そしてプレイヤーと段階を踏んで接触することができると考えたからなのだとか。そして、商品が売れずにいたのもその癖が理由であったらしい。
「確かにいきなりあのマシンガントークを炸裂されたら、大抵の人は引いちゃいますよねえ」
本人も自覚があるのか、ボクの言葉にすっかり小さくなってしまっています。
まあ、驚かされた分の意趣返しはこのくらいにしておくとして。
「それで、ケイミーさん。この二体の人形のお値段はおいくらですか?」
「え?本当に買ってくれるの?」
この期に及んで性質の悪い冗談を言うほど性格がひん曲がってはいないですよ。
もちろんだという思いを込めて、しっかりと頷いてあげる。
「お、おおお……。始めて知り合い以外の人に買ってもらえた……」
これは後から聞いた話なのだけど、ケイミーさんはその悪癖のこともあってか、普段は知り合いを通して作った人形を販売していたらしい。
そしてその知り合いというのが露店の軒を貸してもらっている背後の大きなお店の持ち主なのだそうだ。
今日露店を出していたのは知り合いの人が用事でログインできなかったことに加え、新作のミルファとネイト人形が完成した直後でテンションが上がっており、一刻も早く他の人の感想を聞いてみたかったからなのだった。
ボクとしては作り手本人が分かった上で購入することができたので、とってもラッキーだったと言える。
何より、今日のところは適当にメイション内をうろついて回るだけのつもりでいたので、ケイミーさんが露店を出してくれていなければ、二人の人形に出会うことはなかったと思う。
「ええと……、材料費がこれで、制作費用の方がこれだから……」
と、ケイミーさんがお値段について考えている間に、人形を手に取って細かいところを確認させてもらおうかな。
背の高さはそれぞれ五十センチから六十センチといったところ。狼耳の分だけネイト人形の方が少し高いという感じだ。
肝心の造形はドールやフィギュアのようなリアル寄りではなく、可愛らしくデフォルメされたものとなっていた。当然頭身も下げられており、大体四頭身くらいといったところかな。
うちの子たちと並べてもいい感じの絵になりそうな気がするね。
本人たちに見せたらどんな反応をしてくれるだろうか?
ミルファなら口では「わたくしはこんなちんちくりんじゃありませんの!」とか言いながらも、喜びを抑えきれずにニマニマしていそうだ。
ネイトはそのへん初心だから、照れて縮こまってしまうかもしれない。
「お待たせ。このくらいの値段でいかがでしょう?」
そんな楽しい想像をしている間に計算が終わったらしく、ケイミーさんが金額を提示してくる。
「二万デナーですか。はい。じゃあこれ」
アイテムボックスから金貨を二枚取り出して渡――、
「いやいや、ちょっと待って!交渉しようよ!というか、騙されてないか疑わなきゃ!」
「そう言われましても、この人形たちの材料がどれほどのものなのか知らないですから。それに今この状況でケイミーさんがボクを騙す理由がありませんよ」
念願の一般のお客様第一号になるかもしれない相手なのだ。そんな人を騙したなんて噂が立ってしまえば、それこそケイミーさんから人形を買おうとする人なんていなくなってしまうだろう。
さらに言えば知り合いの人からだって取引を停止させられるかもしれない。
それは彼女にとって生命線を止められるに等しいことであるはずだ。きっとゲームを止めるか、キャラクターを作り直すより他なくなってしまうだろう。
「なによりこんな可愛らしい人形を作っている人が、誰かを欺くような事をするはずがないです」
あくまでボクの持論、というかたった今思い付いたことだけど。
わざわざゲームの中でまで物作りをしているのだ、思い入れがなければ到底やってはいられないだろう。そして、そんな思い入れがあるものを貶めるような事をするなど、並大抵の神経ではできはしないと思うのだ。
「はうっ!」
そしてボクの言葉を聞いた瞬間、ケイミーさんは何やら奇声を発して露店の床へと突っ伏してしまったのだった。
ただ、下半身は横座り、いわゆる女座りの状態でそれをやられると不気味なものがあるんですけど……。体が柔らかいとかそういうレベルを超えているような気がする。髪が三つ編みでまとめられていなければちょっとしたホラー映像になっていたかもしれない。
「えっと……、ケイミーさん?大丈夫です、かあ!?」
言葉尻が悲鳴じみたものになったのは許して欲しい。
だって、いきなり持ち上げられた彼女のお顔の両目からは、だーっと滂沱のごとく涙が流れ落ちていたんだもの!?
「嬉しい!もう、タダでもいいから持っていってちょうだい!」
「いやいやいやいや!それはまずいですから、ちゃんとお代は受け取ってください」
感極まってしまったのか、とんでもないことを口走り始めるケイミーさんを慌てて押しとどめる。
リアルでもそうだけれど、人形というものは得てして高額になり易いものだ。
それにある意味彼女にとってアイドルのような存在であるミルファとネイトの姿を真似たのだ。〔鑑定〕技能の熟練度が低いからなのかはっきりしたことは分からないが、現状で手に入る最も良い素材を使っていたとしても不思議ではないと思う。
「でも、それじゃあ私の気が収まらないし……。そうだ!これを一緒に付けてあげるわ!」
そう言ってボクの手の上にあった金貨二枚を持っていくと同時に、変わった色合いの宝石のようなものを二つ取り出しては押し付けてくる。
そして即座にケイミーさんは『売買行為停止中』の看板を出してしまったのだった。
「ふふふ。当店では返品の取り扱いはしておりませんのであしからず」
ボクはと言えば、彼女のそんな口上を聞きながらあのあまりにも鮮やか過ぎる手口に呆然とするしかなかったのだった。




